紀元前44年世界 紀元前1世紀

ユリウス・カエサル、元老院会議場で暗殺される——「三月のイデス」に23か所を刺されたと伝わる

日付と暦

原典表記
前44年3月15日(三月のイデス、Idus Martiae)(ユリウス暦)
換算
-0044-03-15(ユリウス暦)
掲載日
3月15日のページ

暦の注記: この出来事はユリウス暦の**前44年3月15日(三月のイデス、Idus Martiae)**に起きた(ユリウス暦換算: -0044-03-15)[SRC-01684][SRC-01688][SRC-01689]。カエサル自身が主導した改暦により、ユリウス暦はこの暗殺のわずか1年余り前(前45年1月1日)に施行されたばかりだった[SRC-01690]。本サイトでは 03-15 のページに掲載している。換算値は暦体系の変更を伴わない恒等変換であり、原典日付と数値上同一の前44年3月15日である(本サイトの暦運用規則に従い、独自の日数計算は行っていない)。

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概要

前44年3月15日、共和政ローマの終身独裁官ユリウス・カエサルは、ポンペイウス劇場に付設された元老院会議場で、マルクス・ユニウス・ブルータス、ガイウス・カッシウス・ロンギヌスらを中心とする元老院議員の一団に刺殺された[SRC-01686][SRC-01688][SRC-01689]。この日はローマ暦で3月の「イデス」——月の中日を指す呼称[SRC-01690]——に当たり[SRC-01684]、後世「三月のイデス」として記憶されることになる。カエサルは23か所を刺されたと伝えられ、外科医アンティスティウスの見立てでは致命傷はそのうち1か所のみだったという[SRC-01684][SRC-01688]。暗殺の場所は、当時通常使われていた元老院議事堂ではなく、ポンペイウスが自らの劇場の付属施設として奉献した会議場であり、カエサルはポンペイウス像の足元で息絶えたと伝わる[SRC-01689]。後世に広く知られる「ブルータス、お前もか」(Et tu, Brute?)という台詞はシェイクスピアの戯曲による表現として広く知られているが、実際にこの言葉が発せられたかどうかは出典によって見解が分かれる[SRC-01686][SRC-01687][SRC-01688]。

本文

前44年、カエサルは内戦を勝ち抜いて終身独裁官(dictator perpetuo)の地位にあった[SRC-01686]。同年3月15日、元老院の会議が開かれることになっていたが、会場は通常の元老院議事堂ではなく、ポンペイウス劇場に付設された会議場だった。世界史百科事典World History Encyclopediaは、通常の元老院議事堂が修復中だったためこの日の会議がポンペイウス劇場で開かれたと記す[SRC-01686]。プルタルコス『対比列伝』「カエサル伝」も、会議場がポンペイウスの像を安置し、ポンペイウス自身が自らの劇場の付属施設として奉献した場所であったことを直接記しており、通常の元老院議事堂ではなかったことを裏づける[SRC-01689]。

会議に先立ち、占い師がカエサルに3月のイデスが過ぎるまで危険を警戒するよう警告していたという逸話が伝わる。プルタルコスによれば、当日カエサルが会議場へ向かう途中でこの占い師に「さて、イデスは来たな」と冗談を言うと、占い師は静かに「来ましたが、まだ過ぎ去ってはおりません」と返したという[SRC-01689]。スエトニウス『皇帝伝』「神君ユリウス」も、占い師スプリンナが生贄の兆候をもとにカエサルへ危険を警告していたことを記す[SRC-01688]。

会議場に着席したカエサルのもとへ、陰謀の合図役とされるツリウス・キンベルが、追放された兄弟の赦免を願う体で近づき[SRC-01686]、トーガを両肩からつかんだ。カエサルが「乱暴が企まれている」と声を上げると、共謀者の一人が喉の下をわずかに傷つけ、複数の抜き身の短剣に囲まれたカエサルは、トーガで頭と脚を覆って倒れる姿勢を整えたという[SRC-01688]。プルタルコスは、共謀者たちが暗殺の準備としてそれぞれ短剣を抜き、カエサルが「獣のように追い立てられ」あらゆる方向から刃を向けられたと記す[SRC-01689]。カエサルは23か所を刺されたと伝えられ、共謀者たちは1つの身体に全員で刃を突き立てようとしたため、互いに傷つけ合った者も多かったという[SRC-01689]。外科医アンティスティウスの見立てでは、23か所の傷のうち致命傷は胸部の1か所のみだったと伝わる[SRC-01688]。

暗殺後、共謀者たちはカエサルの遺体をティベリス川に投げ込み、財産を没収し法令を破棄する意図を一時持ったが、マルクス・アントニウスとカエサルの騎兵長官レピドゥスを恐れてこれを断念したとスエトニウスは記す[SRC-01688]。暗殺後のローマの展開(内戦を含む)は、本記事の主題の射程外とする。

歴史的背景

カエサルは前46年から前45年にかけて、それまでのローマの太陰暦に代わる新しい太陽暦(ユリウス暦)の制定を主導した。天文学者ソシゲネスの助言により、前46年は2度の閏挿入を経た445日という異例の長さの年とされ、翌年(前45年)1月1日からユリウス暦が施行された[SRC-01690]。つまり、この暗殺が起きた前44年3月は、ユリウス暦が施行されてからまだ2年目、1年2か月ほどしか経っていない時期に当たる。カエサルは4年に1度閏日を挿入する規則を定めたが、後にローマの神官団がこの規則を「3年に1度」と誤って解釈し、36年間にわたって閏日を挿入しすぎる誤りが続いた(アウグストゥスが前8年から西暦8年にかけて補正した)[SRC-01690]。この誤運用がいつ始まったかを出典は暗殺当日との関係で直接には述べていないが、施行からまだ日が浅かったこの時点では発生していなかったとみられる(本サイトの整理)。

暗殺の動機について、共謀者たちは共和政の伝統を守るためだったと出典は記す[SRC-01686]。もっとも、World History Encyclopediaは共謀者を「ポンペイウス派の旧敵」「カエサルの政策に不満を持つ元側近」「共和政の伝統を重んじる理想主義者」の3群に整理しており、動機が一様でなかったことを示す[SRC-01686]。National Geographicも、カエサルが真に僭主だったと言えるかどうかは現在も議論が続いていると明記する[SRC-01687]。本サイトは暗殺の正当性・動機についていずれかを断定しない(詳細は「異説・論争」参照)。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
前45年1月1日(ユリウス暦) カエサルが主導した改暦により、ユリウス暦が施行される(暗殺の前年) [SRC-01690]
前44年3月15日(ユリウス暦・イデス) 元老院会議場で、共謀者たちがカエサルを襲撃・刺殺する [SRC-01686][SRC-01688][SRC-01689]
前44年3月15日以降(射程外) 共謀者たちがカピトリヌスの丘へ移動する [SRC-01689]
異説・論争定説のない論点があります
論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
暗殺の正当性・動機 共和政擁護のための正義の行為だった 共謀者たちは共和政の伝統を守るためだったと出典は記す[SRC-01686] 古代から現代まで評価が分かれ、決着していない[SRC-01686][SRC-01687]
暗殺の正当性・動機 個人的な利害・権力闘争が実態だった 共謀者にはカエサルへの個人的な恨みや政治的野心を動機とする者も含まれていたと出典は記す 同上(両説とも単一の答えとしては提示されていない)[SRC-01686]
ブルータス・カッシウスへの評価 共和政を守ろうとした側 シェイクスピア劇はブルータスを「悲劇の英雄」として描く 文学・歴史叙述の立場により評価が分かれる[SRC-01687]
ブルータス・カッシウスへの評価 恩顧を裏切った暗殺者 カエサルとの内戦で敵対したのち助命され、のちに法務官に登用されたと出典は記す 同上。本サイトはいずれの評価も断定しない[SRC-01687]
カエサルの最期の言葉 ブルータスへ向けてギリシア語由来の言葉(「わが子よ、お前もか」の意)を発した スエトニウスが「一部の著者が伝える」という留保付きで記録する単一系統の伝承 プルタルコスの伝記にはこの逸話が見られない。史実性は確定していない[SRC-01688][SRC-01689]
カエサルの最期の言葉 「Et tu, Brute?」(ブルータス、お前もか)という台詞はシェイクスピアの戯曲が広めた表現である シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』の劇中の台詞 暗殺に近接した時代の伝記(スエトニウス・プルタルコス)にはこの形のラテン語の台詞は記されていない[SRC-01686][SRC-01687]
カエサルの最期の言葉 「Et tu, Brute?」に類する言葉が実際に発せられた可能性が高いとする見解もある 本サイトが用いた1889年の英訳版(スエトニウス)の訳注は、カエサルがギリシア語ではなくラテン語で類する言葉を語った可能性が高いと論じる 訳者(1889年)による編集的見解であり、古代の証言そのものではない。本サイトは実際の発言の有無を断定しない[SRC-01688]

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

この暗殺は、共和政ローマの政治秩序に決定的な断絶をもたらした出来事として位置づけられる。共謀者たちは共和政の回復を意図したと出典は記す[SRC-01686]。その後のローマは内戦を経て、最終的に共和政の終焉と帝政の成立へ向かうことになった[SRC-01684]——ただしこの後続の経過そのものは本記事の主題の射程外である。暗殺という手段の是非、共謀者の動機の評価については、古代から現代に至るまで一様な結論は出ていない(「異説・論争」参照)。

現代の視点

「ブルータス、お前もか」という台詞は、現代でも裏切りを表す慣用句として広く使われている。この台詞はシェイクスピアの戯曲による表現として広く知られており、World History Encyclopedia・National Geographicはこれを史実の発言ではないとする一方、本サイトが用いた1889年の英訳版(スエトニウス)の訳注は、カエサルが実際にラテン語で類する言葉を発した可能性が高いとの見解を示しており、出典によって見解が分かれる[SRC-01686][SRC-01687][SRC-01688]。暗殺の場所についても、しばしば「元老院議事堂」と大まかに紹介されるが、実際にはポンペイウス劇場に付設された会議場だったことが、近接した時代に成立した伝記(スエトニウス・プルタルコス)によって裏づけられている[SRC-01688][SRC-01689]。よく知られた逸話ほど、記録の系統をたどり直すと像が変わることがある一例だと言える(本サイトの整理)。

出典一覧

  1. [SRC-01684] Julius Caesar | Conquests, Death, Assassination, Cleopatra, & Facts/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
  2. [SRC-01685] The Ides of March | March 15, 44 B.C./HISTORY (A&E Television Networks)(ランクB)
  3. [SRC-01686] The Assassination of Julius Caesar/World History Encyclopedia(ランクB)
  4. [SRC-01687] What really happened on the Ides of March?/National Geographic(ランクB)
  5. [SRC-01688] C. Suetonius Tranquillus, Divus Julius (chapters 81–82) — Perseus Digital Library/Perseus Digital Library, Tufts University(ランクA)
  6. [SRC-01689] Plutarch, Life of Caesar (chapters 63–67) — Perseus Digital Library/Perseus Digital Library, Tufts University(ランクA)
  7. [SRC-01690] Calendar - Reforms, Months, Years | Britannica (The Western calendar and calendar reforms / The Julian calendar)/Encyclopaedia Britannica(ランクB)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-27—
22026-09-27あり
32026-09-27あり

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