1912年世界 20世紀

アリゾナは、1912年2月14日、タフト大統領の布告により合衆国48番目の州として連邦に加入した——前年、州憲法の裁判官リコール条項を理由に一度拒否権を受けていた

日付と暦

原典表記
1912年2月14日(グレゴリオ暦)
換算
1912-02-14(グレゴリオ暦)
掲載日
2月14日のページ

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概要

1912年2月14日、アリゾナはウィリアム・ハワード・タフト大統領の布告第1180号により、アメリカ合衆国の本土(contiguous)48州のうち最後(48番目)の州として連邦に加入した[SRC-01449][SRC-01452][SRC-01454]。前年の1911年8月15日、タフトは、アリゾナ州憲法が裁判官のリコール(解職請求)を認める条項を含んでいたことを主な理由に、両準州の州昇格を認める決議(H.J. Res. 14)へ一度拒否権を発動していた[SRC-01450]。連邦議会は直後にS.J. Res. 57を可決し、アリゾナ州民が州憲法からリコール条項を削除する修正を可決することを州昇格の条件と定め、タフトは1911年8月21日にこれを承認した[SRC-01452]。アリゾナ州民は1911年12月12日の州選挙でこの修正案を可決し、タフトはその結果を踏まえて翌1912年2月14日、アリゾナの連邦加入完了を宣言した[SRC-01454]。

本文

アリゾナ準州の住民は、州への昇格を求めて早くから連邦議会へ請願していた[SRC-01456]。1899年3月11日付で、準州政府は州昇格を求める覚書(メモリアル)を連邦議会へ送付している[SRC-01456]。ニューメキシコ準州も1901年3月28日付で同様の覚書を送付した[SRC-01456]。両準州にとって、州昇格への道のりは長期にわたり、論争を伴うものだったと、米国立公文書館は記す[SRC-01449]。

1910年6月20日に承認された連邦議会の法律により、アリゾナ準州住民は憲法・州政府を組織し、一定の条件のもとで州として連邦に加入する道を認められた[SRC-01454]。アリゾナ州憲法は、裁判官のリコール(解職請求)を認める条項を含んでいた[SRC-01450]。この条項をめぐる広範な懸念にもかかわらず、連邦議会は両準州を州として加入させるH.J. Res. 14を可決した(同決議の記録には1911年8月10日の文書日付が付されている)[SRC-01451]。同決議は、アリゾナ住民にリコール条項について別途の投票を義務づける要件を含んでいた[SRC-01451]。しかしタフト大統領は1911年8月15日、アリゾナ州憲法が裁判官のリコールを認めていたことを主な理由に、この決議へ拒否権を発動した。米国立公文書館の解説によれば、タフトはこの条項が独立した司法の必要性に反すると述べた[SRC-01450]。

元連邦巡回裁判所判事でもあったタフトは、裁判官の判断が世論の人気にかかわらず法を忠実に適用できる立場を保つべきだと考えていたと、アリゾナ州立大学アメリカ市民育成センターは説明する[SRC-01455]。一方でアリゾナ側は、リコールの手続開始には前回選挙での当該職への投票者数の4分の1の署名が必要であり、この権限がめったに行使されないと主張していたと、同センターは記す[SRC-01455]。

タフトの拒否権発動の直後、連邦議会はS.J. Res. 57を可決した。同決議は、アリゾナ州民が州憲法第8条第1節の修正(裁判官リコール条項の削除)を可決することを州昇格の条件と定めるものであり[SRC-01452][SRC-01454]、タフトは1911年8月21日にこれを承認した[SRC-01452]。アリゾナの最初の州総選挙は1911年12月12日に行われ、この修正案は有効票の過半数の賛成で可決された[SRC-01454]。タフトは1912年1月6日、ニューメキシコを47番目の州とする布告に署名した[SRC-01449][SRC-01452]。その1か月余り後の1912年2月14日、タフトはワシントンで、連邦議会が課した基本的条件が批准・受諾されたことを宣言する布告第1180号に署名し、アリゾナを合衆国48番目の州とした[SRC-01449][SRC-01452][SRC-01454]。

歴史的背景

1910年代初頭のアメリカでは、有権者に立法・行政への直接的な統制権を与える改革(イニシアティブ、レファレンダム、政党予備選挙、より容易な改正手続、公職者のリコール等)が、オクラホマなど新たに州となった地域や、ウィスコンシン・オレゴン・カリフォルニアなど既存の州の憲法に相次いで取り入れられていたと、アリゾナ州立大学アメリカ市民育成センターは説明する[SRC-01455]。タフトはオクラホマ州憲法を公然と批判し、アリゾナに同様の憲法を作らないよう促していたが、アリゾナの制憲会議はこうした直接民主制的な仕組みをほぼすべて取り入れたうえ、公職者だけでなく裁判官までもリコールの対象とする、さらに踏み込んだ条項を採用したと、同センターは記す[SRC-01455]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1899年3月11日(グレゴリオ暦) アリゾナ準州、州昇格を求める覚書(1899年3月11日付)を連邦議会へ送付 [SRC-01456]
1911年8月10日(グレゴリオ暦) H.J. Res. 14(両準州の州昇格決議)の記録に付された文書日付(下院記録RG 233) [SRC-01451]
1911年8月15日(グレゴリオ暦) タフト大統領、裁判官リコール条項を主な理由にH.J. Res. 14へ拒否権を発動 [SRC-01450]
1911年8月21日(グレゴリオ暦) タフト大統領、S.J. Res. 57を承認 [SRC-01452]
1911年12月12日(グレゴリオ暦) アリゾナ、最初の州総選挙でリコール条項削除の修正案を可決 [SRC-01454]
1912年1月6日(グレゴリオ暦) タフト大統領、ニューメキシコを47番目の州とする布告に署名 [SRC-01449][SRC-01452]
1912年2月14日(グレゴリオ暦) タフト大統領、布告第1180号によりアリゾナを48番目の州と宣言 [SRC-01449][SRC-01452][SRC-01454]
1912年3月27日(グレゴリオ暦) アリゾナ州初の連邦上院議員(アシャースト、スミス)の資格証明書が発行 [SRC-01453]

暦の注記: 原典・換算先ともにグレゴリオ暦であり、1912年の本事象に暦種別の複雑さ(改暦境界等)は生じない。換算は不要である。

異説・論争定説のない論点があります

裁判官リコール条項の是非: アリゾナ州憲法の裁判官リコール条項をめぐっては、タフト大統領とアリゾナ側とで評価が対立していた。

タフトは、裁判官の判断が世論の人気にかかわらず法を忠実に適用できる立場を保つべきであり、リコールはこれを脅かすと考え、拒否権教書の中でこの制度を「合法化されたテロ(legalized terrorism)」と非難したと、アリゾナ州立大学アメリカ市民育成センターは記す[SRC-01455]。

これに対しアリゾナ側は、リコールの手続開始には相当なハードル(前回選挙での当該職への投票者数の4分の1の署名)があり、制度がめったに行使されないと主張していたと、同センターは記す[SRC-01455]。アリゾナは州昇格の条件としていったんこの条項を削除したが、州昇格後の次の選挙で、この条項を復活させる憲法改正案がおよそ50対1の比率で可決されたと、同センターは記す[SRC-01455]。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
裁判官リコール条項の是非 司法の独立を脅かす「合法化されたテロ」(タフト大統領の評価) タフトの拒否権教書(1911年8月15日)の要旨 [SRC-01450][SRC-01455] 連邦議会・大統領自身の立場として記録
同上 行使のハードルが高く濫用の恐れは小さい(アリゾナ側の主張) 手続の開始には前回選挙での当該職への投票者数の4分の1の署名が必要という相当なハードルがあった [SRC-01455] アリゾナ州立大学の歴史教育教材による整理

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

アリゾナの州昇格をもって、合衆国本土(contiguous)48州がすべて連邦に加入したことになる[SRC-01452]。「本土(contiguous)」とは、大陸内で互いに接する48州を指す、出典側の限定語である(本サイトの整理)[SRC-01452][SRC-01455]。米国立公文書館は、ニューメキシコ・アリゾナ両州が2012年に昇格100周年を迎えたと記す[SRC-01449]。

アリゾナ州昇格の過程は、大統領が州昇格を求める準州の憲法内容を審査し、条件付きで拒否する権限を実際に行使した事例としても記録されている[SRC-01450][SRC-01452]。タフトは、アリゾナ州民がいずれリコール条項を復活させると見込みつつも拒否権を発動したとされ、実際にその見込みどおりの展開になったと、アリゾナ州立大学アメリカ市民育成センターは記す[SRC-01455]。

現代の視点

ニューメキシコ・アリゾナ両州は、2012年に州昇格100周年を迎え、米国立公文書館はこれを記念する特集展示を公開した[SRC-01449]。大統領が新州の憲法内容を審査し、条件付きで拒否権を行使したこの事例は、司法の独立と民主的統制のバランスという、今日まで続く論点の初期の一場面として振り返られる(本サイトの整理)。

出典一覧

  1. [SRC-01449] New Mexico and Arizona Statehood Anniversary (1912 – 2012)/米国立公文書館(National Archives, Center for Legislative Archives)(ランクS)
  2. [SRC-01450] Taft's veto of H.J. Res. 14/米国立公文書館(National Archives, Center for Legislative Archives)(ランクS)
  3. [SRC-01451] H.J. Res. 14/米国立公文書館(National Archives, Center for Legislative Archives)(ランクS)
  4. [SRC-01452] S.J. Res. 57/米国立公文書館(National Archives, Center for Legislative Archives)(ランクS)
  5. [SRC-01453] Credentials for the first U.S. Senators from Arizona, March 27, 1912/米国立公文書館(National Archives, Center for Legislative Archives)(ランクS)
  6. [SRC-01454] Proclamation 1180—Admitting Arizona to the Union/The American Presidency Project(カリフォルニア大学サンタバーバラ校〔UCSB〕、編者Gerhard Peters・John T. Woolley)(ランクA)
  7. [SRC-01455] Arizona History Lesson- AZ Statehood and Judicial Recall/Center for American Civics, Arizona State University(ランクA)
  8. [SRC-01456] Memorial of the Territory of Arizona praying for Statehood, March 11, 1899 and Memorial of the Territory of New Mexico seeking admission as a state, March 28, 1901/米国立公文書館(National Archives, Center for Legislative Archives)(ランクS)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-18あり
22026-09-18あり

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