1809年世界 19世紀

チャールズ・ダーウィンは、1809年2月12日、シュルーズベリーの医師の家に生まれた——同じ日、大西洋の向こうではのちの第16代大統領も生まれていた

日付と暦

原典表記
1809年2月12日(グレゴリオ暦)
換算
1809-02-12(グレゴリオ暦)
掲載日
2月12日のページ

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概要

1809年2月12日、チャールズ・ロバート・ダーウィンがイングランド・シュルーズベリーで生まれた[SRC-01433][SRC-01434][SRC-01436][SRC-01440]。父は医師ロバート・ウォーリング・ダーウィン、母はスザンナだった[SRC-01433]。生家は、父が1798年に建てた屋敷「The Mount」(現在は「Darwin House」と呼ばれる)だったとされる[SRC-01437]。母スザンナは旧姓をウェッジウッドといい、陶器業で知られたウェッジウッド家の出身だった[SRC-01433]。父方の祖父は、医師・詩人・自然哲学者として知られたエラズマス・ダーウィンである[SRC-01433]。奇しくも同じ日、大西洋の向こうのケンタッキー州では、のちに第16代アメリカ合衆国大統領となるエイブラハム・リンカーンも生まれていた[SRC-01439]。両者の間に、日付が一致する以上の関連があるという記録は、本稿が確認した出典の範囲では見当たらない。

本文

ダーウィン自身は、67歳のときに書き残した自伝の中で「私はシュルーズベリーで、1809年2月12日に生まれた」と記している[SRC-01440]。母スザンナは1817年に死去した[SRC-01433][SRC-01434]。ダーウィンが8歳を少し過ぎた同年7月のことである[SRC-01440]。ダーウィンはのちに、母について「臨終の床、黒いビロードの服、そして奇妙な作りの裁縫台以外ほとんど覚えていない」と振り返っている[SRC-01440]。

ダーウィンは、母の死去に先立って年上の姉キャロラインに教育を受け、1817年春にはシュルーズベリーの通学校へ通い始めていた[SRC-01440]。母の死後、1818年9月には兄エラズマス・アルヴィー・ダーウィンとともに、シュルーズベリー校の寄宿生となった[SRC-01433][SRC-01434]。ダーウィンには、年上の姉3人(マリアン・キャロライン・スーザン)、年上の兄1人(エラズマス・アルヴィー)、年下の妹1人(キャサリン)がいた[SRC-01433]。

生家の屋敷「The Mount」は、父ロバート・ダーウィンが1798年に建てたとされる[SRC-01437]。ダーウィン一家は1866年までこの屋敷に住んだ[SRC-01437]。

歴史的背景

父ロバート・ウォーリング・ダーウィンは医師であり、医業のみならず事業投資でも大きな成功を収めた人物だったと、Darwin Correspondence Projectは評する[SRC-01433]。母方の実家ウェッジウッド家は、陶器産業の先駆者として知られていた[SRC-01433]。

父方の祖父エラズマス・ダーウィンは、医師・詩人・自然哲学者として活動した人物である[SRC-01433]。その著書『ズーノミア』(Zoönomia)は、のちにチャールズが『種の起源』で異なる形で展開することになる、生物の変化にまつわる見解をすでに含んでいたとされる[SRC-01440]。もっとも、この祖父の著作がチャールズ自身の理論形成にどの程度影響したかについては、チャールズ自身の回想の中でも評価が揺れている(詳しくは「異説・論争」欄を参照)[SRC-01440]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1809年2月12日(グレゴリオ暦) チャールズ・ダーウィン、シュルーズベリーで誕生 [SRC-01433][SRC-01434][SRC-01440]
1809年2月12日(グレゴリオ暦) エイブラハム・リンカーン、米国ケンタッキー州で誕生(同日) [SRC-01439]
1817年7月(グレゴリオ暦) 母スザンナ死去 [SRC-01433][SRC-01434][SRC-01440]
1818年9月(グレゴリオ暦) シュルーズベリー校の寄宿生となる [SRC-01434]
1831年(グレゴリオ暦・22歳の年) ビーグル号での航海に出発 [SRC-01433]
1859年(グレゴリオ暦) 『種の起源』刊行 [SRC-01433]

暦の注記: 英国は1752年にグレゴリオ暦へ改暦済みであり、1809年の本事象に暦種別の複雑さ(改暦境界等)は生じない。換算は不要である。

異説・論争定説のない論点があります

祖父エラズマス・ダーウィンの著作は、孫チャールズにどの程度影響したか: ダーウィン自身が1876年に書いた自伝には、この問いに対する評価の揺れが記録されている[SRC-01440]。

ダーウィンは、エディンバラ大学在学時代(1825〜27年頃)の回想として、友人ロバート・グラントがラマルクの進化にまつわる見解を熱心に語るのを聞いた場面を記す。その直後、ダーウィンは「祖父の『ズーノミア』を以前に読んでいたが、当時は何の影響も及ぼさなかった」と記す[SRC-01440]。ところが同じ段落の中で、ダーウィンは続けて「それでも、人生の早い時期にこうした見解が唱えられ称賛されるのを聞いたことが、のちに自分が異なる形でこれらの説を支持する一因になった可能性がある」とも記している[SRC-01440]。さらに、当時は『ズーノミア』を大いに称賛していたものの、10〜15年後に読み返した際には「思弁の占める割合があまりに大きい」ことに失望したとも記す[SRC-01440]。

「何の影響もなかった」という直接的な自己申告と、「後年の理論形成を助けた可能性がある」という留保付きの推測、そして「読み返して失望した」という評価は、いずれも同一の自伝の同一段落に併存しており、ダーウィン自身の内省が一つの結論に収斂していない。本サイトはこの自己評価の揺れのいずれの立場も採らない。

論点 説 根拠・出典 学界での位置づけ
祖父の著作『ズーノミア』の影響 「当時は何の影響も及ぼさなかった」 ダーウィン自伝の直接的な自己申告 [SRC-01440] 本人の回想の一節
同上 「早い時期に見解に触れたことが、後年の理論形成を助けた可能性がある」 同じ自伝の同じ段落に続く記述 [SRC-01440] 本人の回想の別の一節。両者は同一資料内で併存する

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

英国立自然史博物館は、ダーウィンを歴史上最も著名な生物学者と位置づける[SRC-01436]。ダーウィンの出身学寮クライスツ・カレッジ(ケンブリッジ大学)は、進化生物学の父・自然選択説の提唱者として最も著名な存在と紹介する[SRC-01438]。ただし、こうした位置づけは、1809年2月12日の誕生という出来事そのものが当時持っていた意味ではなく、その後の航海・研究・著作の展開を踏まえた後年の——遡及的な——評価であることに注意が必要である。生まれた当日の時点で、この子がのちに進化生物学の重要人物になると記した記録は、本サイトが確認した登録出典の範囲には存在しない。

現代の視点

ダーウィンの出身学寮クライスツ・カレッジは、2009年2月12日(ダーウィン生誕200年にあたる年)に「ダーウィンの誕生日」を祝う晩餐会・関連行事を催した[SRC-01438]。2月12日という日付が、少なくとも2009年には母校で記念される対象になったことが記録されている。

同じ2月12日にエイブラハム・リンカーンも生まれているという事実は、暦の上での偶然にすぎない(本サイトの整理)。両者は活動した大陸も分野も異なり、本稿が確認した登録出典の範囲では、両者の思想・業績を直接結びつける記述は確認できていない。誕生日が同じという事実だけを、出典に基づいて記録するにとどめる。

出典一覧

  1. [SRC-01433] About Darwin/Darwin Correspondence Project, University of Cambridge(ランクA)
  2. [SRC-01434] Darwin timeline/Darwin Correspondence Project, University of Cambridge(ランクA)
  3. [SRC-01436] Charles Darwin: History's most famous biologist/Natural History Museum, London(ランクA)
  4. [SRC-01437] Charles Darwin: Rare images of naturalist's Shrewsbury home found/BBC News(ランクB)
  5. [SRC-01438] Darwin | Christ's College Cambridge/Christ's College, University of Cambridge(ランクA)
  6. [SRC-01439] President Abraham Lincoln - Abraham Lincoln Birthplace National Historical Park/National Park Service, U.S. Department of the Interior(ランクA)
  7. [SRC-01440] Barlow, Nora ed. 1958. The autobiography of Charles Darwin 1809-1882. With the original omissions restored/The Complete Work of Charles Darwin Online (ed. John van Wyhe)(ランクA)

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訂正履歴

版日付事実主張への変更
12026-09-18あり
22026-09-18あり
32026-09-18あり

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