ジェームズ・マディソンの提案は下院で17箇条、上院で12箇条に絞られ、1791年12月15日、ヴァージニアの批准で10箇条が権利章典になった
日付と暦
- 原典表記
- 1791年12月15日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1791-12-15(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 12月15日のページ
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概要
ジェームズ・マディソンが1789年6月8日に下院へ提出した憲法修正案は、下院で17箇条、上院で12箇条に絞り込まれ、連邦議会は同年9月25日、これを各州に送付する共同決議を可決した[SRC-00960][SRC-00961][SRC-00965]。ヴァージニア邦議会は1791年12月15日、第2条から第12条を批准した[SRC-00964]。この批准により、当時14州中11州(発効に必要な4分の3)が第3条から第12条を批准したことになり、この10箇条が合衆国憲法修正第1条から第10条=「権利章典」として発効した[SRC-00963][SRC-00964][SRC-00965][SRC-00966]。残る2箇条のうち、下院議員定数の配分に関する第1条は不成立のまま、連邦議会議員の歳費に関する第2条は203年後の1992年、合衆国憲法修正第27条として成立した[SRC-00960][SRC-00965]。
本文
下院議員となったマディソンは1789年6月8日、一連の修正案を下院に提出した[SRC-00961][SRC-00965]。下院は17箇条を可決し、上院はそのうち2箇条を退けたうえで残りを12箇条に絞り込んだ[SRC-00961][SRC-00965]。連邦議会は同年9月25日、この12箇条を各州に送付する共同決議を可決した[SRC-00960][SRC-00965]。NARAによれば、ワシントン大統領は同年10月2日、当時合衆国憲法を批准済みだった11州と、未批准だったロードアイランド・ノースカロライナの2州に、その写しを送付したとされる[SRC-00961][SRC-00962]。
各州は1789年11月から批准を重ね、1791年3月4日に14番目の州となったヴァーモントも同年11月3日に全条項を批准した[SRC-00964]。同じ11月3日、ヴァージニア邦議会は第1条のみを先行批准し、続いて同年12月15日、第2条から第12条を批准した[SRC-00964]。この12月15日の行動により、第3条から第12条を批准した州が11州となり、当時14州の4分の3という発効要件を満たした[SRC-00963][SRC-00964][SRC-00965][SRC-00966]。
残る2箇条のうち、下院議員定数の配分を定めた第1条は、必要数に1州足りない10州の批准にとどまった[SRC-00965]。連邦議会議員の歳費変更を定めた第2条は当初6州の批准にとどまったが、1792年のケンタッキー・1873年のオハイオなど断続的な批准を経て、1980年代以降の運動で追加の批准が進み、1992年5月7日、203年後に合衆国憲法修正第27条として成立した[SRC-00960][SRC-00964][SRC-00965]。
歴史的背景
1787年の憲法制定会議では、ジョージ・メイソンとエルブリッジ・ゲリーが権利章典を起草する委員会の設置を提案したが否決され、メイソンは権利章典の不在を理由に憲法への署名を拒んだ3人の代表の一人となった[SRC-00961][SRC-00965]。マディソンは当初、権利章典は不要との立場だったが、批准が危ぶまれたマサチューセッツ州での妥協を経て、第1回連邦議会が修正案を検討することを約束し、これが批准への道を開いた[SRC-00961][SRC-00965]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1789-06-08(グレゴリオ暦) | マディソン、下院に一連の憲法修正案を提出 | [SRC-00961][SRC-00965] |
| 1789-09-25(グレゴリオ暦) | 連邦議会、12箇条の修正案を各州に送付する共同決議を可決 | [SRC-00960][SRC-00965] |
| 1789-10-02(グレゴリオ暦) | ワシントン大統領、12箇条の写しを各州に送付(NARAによる) | [SRC-00961][SRC-00962] |
| 1791-03-04(グレゴリオ暦) | ヴァーモント、14番目の州として合衆国に加入 | [SRC-00964] |
| 1791-11-03(グレゴリオ暦) | ヴァージニア、第1条を先行批准。同日ヴァーモントが全条項を批准 | [SRC-00964] |
| 1791-12-15(グレゴリオ暦) | ヴァージニア、第2条から第12条を批准 | [SRC-00964] |
| 1791-12-15(グレゴリオ暦) | 11州が第3条から第12条を批准し、当時14州の4分の3という発効要件を充足。権利章典が発効 | [SRC-00963][SRC-00964][SRC-00965][SRC-00966] |
| 1992-05-07(グレゴリオ暦) | 不成立だった第2条が合衆国憲法修正第27条として成立 | [SRC-00960][SRC-00964][SRC-00965] |
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)
「権利章典は1791年の批准でどこまで実効性を持ったか」という問いには、連邦法上の成立時期という位相と、その適用範囲という位相が併存する(本サイトの整理)。本欄は1791年の批准と、その後の司法上の適用範囲という歴史的経緯に限って扱い、現代の憲法論争には立ち入らない。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 権利章典はいつ法的に成立したか | 1791年12月15日、ヴァージニアの批准により合衆国憲法の一部として法的に成立した | NARA・議会図書館の解説 | NARA・議会図書館(Congress.gov「Constitution Annotated」)は、この日をもって批准完了・権利章典成立としている[SRC-00963][SRC-00965] |
| 権利章典は成立当初、どの範囲に適用されたか | MTSU『第一修正条項百科事典』によれば、1833年のバロン対ボルティモア事件で連邦最高裁は、権利章典は連邦政府の行為にのみ適用され、州政府には適用されないと判示したとされる。同エンサイクロペディアは、この判決が諸州に対し、市民との関係で権利章典を無視することを事実上許したとも記す | MTSU『第一修正条項百科事典』(テネシー大学Pacelle教授執筆) | 同エンサイクロペディアは、この限定が判例による個別条項の「編入」(1897年の収用条項、1925年のギトロー対ニューヨーク事件を端緒とする)によって20世紀に入り徐々に狭められていったと記す[SRC-00967] |
| 1791年12月15日の批准完了時点で、当時の全14州が権利章典を承認済みだったか | いいえ。NARA機関誌によれば、マサチューセッツ・コネティカット・ジョージアの3州は連邦議会へ承認を送付しておらず、1939年(提案150周年)に3州が象徴的に批准したとされる | NARA機関誌(Prologue Magazine) | NARAはこれを、批准完了に法的な影響を及ぼさない象徴的行為と位置づける[SRC-00963] |
関連する出来事
- 1787年9月12日、憲法制定会議でジョージ・メイソンとエルブリッジ・ゲリーが権利章典を起草する委員会の設置を提案したが、否決された[SRC-00965]
- 1833年、バロン対ボルティモア事件。MTSU『第一修正条項百科事典』によれば、連邦最高裁は権利章典の適用範囲を連邦政府の行為に限定したとされる[SRC-00967]
関連人物
- ジェームズ・マディソン(じぇーむず・までぃそん): 1789年6月8日、下院に一連の憲法修正案を提出した第1回連邦議会下院議員[SRC-00961][SRC-00965]
- ジョージ・ワシントン(じょーじ・わしんとん): 1789年10月2日、12箇条の修正案の写しを各州に送付したとされる初代大統領[SRC-00961][SRC-00962]
- ジョージ・メイソン(じょーじ・めいそん): 権利章典の不在を理由に憲法への署名を拒んだ代表の一人[SRC-00961]
歴史的意義
権利章典は、信教・言論・出版の自由、適正手続、陪審裁判を受ける権利などを定める[SRC-00960]。これらは合衆国憲法修正第1条から第10条として憲法の一部になった(本サイトの整理)。もっとも、MTSU『第一修正条項百科事典』によれば、成立当初の権利章典は連邦政府の行為のみを制約し、州政府による人権侵害には及ばなかったとされる(異説・論争欄参照)[SRC-00967]。
現代の視点
MTSU『第一修正条項百科事典』は、バロン対ボルティモア事件が示したとされる州への不適用という限定について、判例による個別条項の「編入」(1897年の収用条項、1925年のギトロー対ニューヨーク事件を端緒とする)によって徐々に狭められていったと記す[SRC-00967]。本記事は、この編入過程がその後どこまで進んだかという現代の憲法解釈上の論点には立ち入らず、1791年の批准とその直後の適用範囲という歴史的経緯の範囲にとどめる(本サイトの整理)。
出典一覧
- [SRC-00960] The Bill of Rights: A Transcription/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)(ランクS)
- [SRC-00961] The Bill of Rights: How Did it Happen?/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)(ランクS)
- [SRC-00962] The Bill of Rights: How Was it Made?/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)(ランクS)
- [SRC-00963] Ratifying the Bill of Rights . . . in 1939 (Prologue Magazine, Winter 2016, Vol. 48, No. 4)/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)Prologue Magazine(ランクS)
- [SRC-00964] The First Amendments to the U.S. Constitution (Pieces of History blog)/アメリカ国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration, NARA)「Pieces of History」公式ブログ(ランクS)
- [SRC-00965] Bill of Rights (First Through Tenth Amendments) — Constitution Annotated/議会図書館(Library of Congress)Congress.gov「Constitution Annotated」(ランクA)
- [SRC-00966] The Bill of Rights to the U.S. Constitution, December 15, 1791 (Document Bank of Virginia)/ヴァージニア州立図書館(Library of Virginia)「Document Bank of Virginia」(ランクA)
- [SRC-00967] Barron v. Baltimore (1833) — The First Amendment Encyclopedia/ミドル・テネシー州立大学(Middle Tennessee State University)Free Speech Center「The First Amendment Encyclopedia」(ランクA)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-06 | — |
| 2 | 2026-09-06 | あり |
| 3 | 2026-09-06 | あり |
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