エドワード8世、シンプソン夫人との結婚を貫くため退位——法として成立したのは1936年12月11日

日付と暦

原典表記
1936年12月11日(グレゴリオ暦)
換算
1936-12-11(グレゴリオ暦)
掲載日
12月11日のページ

日付についての注記: エドワード8世が退位文書(Instrument of Abdication)に署名したのは1936年12月10日である[SRC-00929][SRC-00928]。この退位に法的効力を与えた退位法(His Majesty's Declaration of Abdication Act 1936)が国王裁可を得たのは翌1936年12月11日であり、退位はこの日に法的に成立した[SRC-00930][SRC-00931][SRC-00928]。同じ日、エドワードはBBCを含む世界各国のラジオ放送で、国民に退位を告げたとされる[SRC-00934]。本サイトは、退位が法的に成立し、国民への説明放送も行われたとされる12月11日のページに本記事を掲載する。

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概要

1936年12月10日、エドワード8世はサリー州のウィンザー・グレート・パーク内にあるフォート・ベルヴェディアで、王位放棄の文書に署名した[SRC-00929]。英国立公文書館は、エドワードが離婚歴のある女性ウォリス・シンプソンとの結婚を貫くため退位したと解説している[SRC-00929]。だが、この時点では退位はまだ法として成立していなかった。翌12月11日、退位法が国王裁可を得たことで、退位は初めて法的効力を生じた[SRC-00930][SRC-00931]。同じ日、エドワードはラジオ放送で国民に別れを告げたとされる[SRC-00934]。

本文

事の起こりは1936年11月25日である。首相のもとには、シンプソン夫人が王妃の地位に就かない形での結婚を可能にする「モーガナティック婚(貴賤結婚)」の案が、第三者を通じてすでに持ち込まれていた[SRC-00932]。エドワードはこの日の会見で、その案が首相に伝わっているかを尋ねた[SRC-00932]。首相はこれを正式に閣議にかけ、全自治領の首相たちにも諮ると答え[SRC-00932]、12月2日、実現不可能との返答を国王に伝えた[SRC-00932]。首相との会談では、国王である限りこの結婚は認められないこと、国王の妃は自動的に王妃となるためこの結婚は英国内でも自治領でも世論の支持を得られないことも伝えられた[SRC-00933]。国王は自分の決心が固く、シンプソン夫人と結婚する意思であることを明らかにし、退位する用意があると答えた[SRC-00933]。首相は即答を求めず、国王に再考を促して会談を終えたが[SRC-00933]、12月10日、エドワードはフォート・ベルヴェディアで退位文書に署名した[SRC-00929]。立会人は弟のヨーク公アルバート王子(後のジョージ6世)[SRC-00935]・グロスター公ヘンリー王子・ケント公ジョージ王子だった[SRC-00929]。翌11日、退位法は国王裁可を得た[SRC-00930]。貴族院はこの日のうちに法案の第二読会を経て、委員会への付託を否決したうえで第三読会を行い、可決している[SRC-00931]。国王裁可により、退位文書は即日、法的効力を生じた[SRC-00930]。同じ日、エドワードはラジオ放送で「諸君は皆、私が王位を退くに至った理由を知っている。だが、決心するにあたって、皇太子として、そして最近では国王として25年間仕えようとしてきた国や帝国を忘れたわけではないことを理解してほしい。だが、愛する女性の助けと支えなしに、望むように国王としての重責と責務を果たすことが不可能だと分かったことを、信じてほしい」と述べたとされる[SRC-00934]。

歴史的背景

退位法の制定にあたっては、ウェストミンスター憲章1931年第4条に基づき、カナダ自治領が制定を要請・同意し、オーストラリア連邦・ニュージーランド自治領・南アフリカ連邦が賛意を示した[SRC-00930]。モーガナティック婚案も、首相を通じて全自治領の首相たちに諮られたが、実現不可能とされた[SRC-00932]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1936年11月25日(グレゴリオ暦) エドワード8世が、第三者を通じ首相に持ち込まれていたモーガナティック婚案について、首相に伝わっているかを確認する [SRC-00932]
1936年12月2日(グレゴリオ暦) 首相が国王に、モーガナティック婚は実現不可能と回答する [SRC-00932]
1936年12月10日(グレゴリオ暦) エドワード8世がフォート・ベルヴェディアで退位文書に署名する(本記事の主題) [SRC-00929]
1936年12月11日(グレゴリオ暦) 退位法が国王裁可を得て、退位が法的に成立する(本記事の主題) [SRC-00930][SRC-00931]
1936年12月11日(グレゴリオ暦) エドワードがラジオ放送で退位を国民に告げたとされる [SRC-00934]
1937年(グレゴリオ暦) エドワードがウィンザー公に叙され、ウォリス・シンプソンと結婚する [SRC-00928]
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)

退位の性格づけ(国王自身の自発的選択だったか、政府・王室による事実上の制約の帰結だったか)については、見方が分かれる。本サイトはいずれの評価にも与しない(本サイトの整理)。

論点 根拠・出典 学界での位置づけ
退位の性格づけ 説A(自発的選択): 1936年12月10日の下院審議で、チャーチルは、退位の決定は「国王ご自身のペースとやり方で、自由に、自発的に、かつ自らの意思で下された」ものだと述べた。 チャーチルの下院発言(1936年12月10日)[SRC-00932] 政府の公式説明ではなく、首相とは別の発言者による所感。
退位の性格づけ 説B(事実上の制約の帰結): 政府は国王に対し、国王である限り結婚は認められないこと、モーガナティック婚案も実現不可能であることを伝えた。国王の選択肢は、事実上、結婚を諦めるか退位するかに絞り込まれていたと見る余地がある。 ホレス・ウィルソン卿の会談記録(CAB 127/157)[SRC-00933]、ボールドウィン首相の下院報告演説[SRC-00932] 政府自身が残した会談記録から読み取れる状況。

上表の説A・説Bは、いずれも1936年12月10日という同じ日の下院審議やホレス・ウィルソン卿の会談記録の中に併存して読み取れる内容であり、対立する史料が別々にあるわけではない。国王本人の決意の強さと、政府が示した状況の制約は、記録上、同時に成り立つ(本サイトの整理)。

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

退位法の制定過程は、ウェストミンスター憲章1931年第4条に基づき、法律の制定にカナダ自治領の要請・同意を要したことを示す事例となった[SRC-00930]。退位後、エドワードは1937年にウィンザー公に叙された[SRC-00928]。

現代の視点

退位文書の原本は英国立公文書館(The National Archives)が保管し、その翻刻を同館自身がウェブサイト上で公開している[SRC-00929]。退位法の制定時原文も、legislation.gov.ukを通じて誰でも参照できる[SRC-00930]。退位を告げたラジオ放送の言葉は、90年近くを経た現在も、放送メディア史の一場面として振り返られている(本サイトの整理)[SRC-00934]。

出典一覧

  1. [SRC-00928] Edward VIII (Jan-Dec 1936)/The Royal Household(ランクA)
  2. [SRC-00929] Abdication of Edward VIII 1936(Instrument of Abdication, 10 December 1936, Catalogue ref: PC 11/1)/The National Archives(ランクS)
  3. [SRC-00930] His Majesty's Declaration of Abdication Act 1936 (1936 c. 3, King's Printer's Version)/legislation.gov.uk(The National Archives)(ランクS)
  4. [SRC-00931] HIS MAJESTY'S DECLARATION OF ABDICATION BILL. (Hansard, House of Lords, 11 December 1936)/UK Parliament(historic-hansard, api.parliament.uk)(ランクS)
  5. [SRC-00932] MEMBERS OF THE HOUSE OF COMMONS. (Hansard, House of Commons, 10 December 1936)/UK Parliament(historic-hansard, api.parliament.uk)(ランクS)
  6. [SRC-00933] Abdication discussions(Sir Horace Wilson's minute, CAB 127/157)/The National Archives(ランクS)
  7. [SRC-00934] Today in Media History: Radio stations broadcast the 1936 abdication speech of King Edward VIII/Poynter Institute(ランクB)
  8. [SRC-00935] George VI/The Royal Household(ランクA)

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訂正履歴

日付事実主張への変更
12026-09-06あり
22026-09-06あり
32026-09-06あり

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