綱につながれることなく、ロジエとダルランドはパリの空を渡った——モンゴルフィエ気球、初の有人自由飛行
日付と暦
- 原典表記
- 1783年11月21日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1783-11-21(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 11月21日のページ
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概要
1783年11月21日、パリのミュエット城からモンゴルフィエ気球が飛び立った[SRC-00769][SRC-00771]。気球にはジャン=フランソワ・ピラートル・ド・ロジエとフランソワ・ローラン、ダルランド侯爵の2人が乗り込んだ[SRC-00768][SRC-00770][SRC-00771]。2人は地上の綱につながれることなく空へ上がった[SRC-00770][SRC-00771]。気球は約25分間パリの空を飛び、市の中心部から郊外まで約9キロメートルの距離を飛行した[SRC-00770][SRC-00771]。気球による有人飛行としては、同年10月15日にロジエが綱につながれた気球で上昇した例が先行していた[SRC-00770]。この日の飛行は、綱を伴わない「自由飛行」として、それとは区別される[SRC-00770][SRC-00771]。
本文
モンゴルフィエ兄弟、ジョゼフ=ミシェルとジャック=エティエンヌは、紙工場を営むかたわら気球の実験を重ね、1783年6月4日、アノネーの市場で無人の熱気球を公開実験として飛ばした[SRC-00770][SRC-00771]。この気球について、ブリタニカは高度約1000メートル(約3000フィート)まで上昇し約10分間空中にとどまったと記す一方[SRC-00771]、米国連邦委員会の航空史エッセイは高度を約2000メートル(約6562フィート)と記しており、上昇高度の記録には出典間で幅がある[SRC-00770]。
兄弟はその後パリ、さらにヴェルサイユへと活動の場を移し、1783年9月19日、ルイ16世と王室臨席のもとで飛行を行った[SRC-00769][SRC-00770]。より大きな気球に羊・アヒル・雄鶏の3匹を乗せたこの飛行は、ブリタニカにも記録されている[SRC-00771]。ヴェルサイユ宮殿公式サイトによれば、気球は午後1時に動物を乗せ、11分後に離陸して高度600メートルまで上昇し、生地の破損により8分後に降下を始め、3.5キロメートル飛行してヴォークレソンの森に着地した[SRC-00769]。米国連邦委員会の記録は飛行時間を8分、飛行距離を約3.2キロメートル(約2マイル)とし、見物人はおよそ13万人に上ったと記す[SRC-00770]。ブリタニカも飛行時間約8分・距離約3.2キロメートル(2マイル)とし、これらの数値はおおむね一致する[SRC-00771]。ヴェルサイユ宮殿公式サイトによれば、当時医師だったピラートル・ド・ロジエが着地後の動物を回収・検分し、3匹は無事だったという[SRC-00769]。
この動物飛行から3週間余り後の同年10月15日、モンゴルフィエ兄弟は綱でつないだ気球にロジエを乗せ、地上から離れることなく上昇させる係留飛行を行った[SRC-00770]。気球は高度約25メートルまで上昇し、ロジエは4分弱のあいだ気球にとどまったと記録される[SRC-00770]。この係留飛行にダルランド侯爵が同乗していたかどうかについては、専門家の見解が分かれると米国連邦委員会の航空史エッセイは明記している[SRC-00770]。
そして1783年11月21日、パリのミュエット城で、ロジエとダルランド侯爵の2人が気球に乗り込んだ[SRC-00768][SRC-00770][SRC-00771]。今度は地上につながれることなく空へ上がった[SRC-00770][SRC-00771]。ブリタニカはこの飛行を「the first manned untethered flight(係留を伴わない、初の有人飛行)」と明記し[SRC-00771]、米国連邦委員会のエッセイもロジエとダルランド侯爵を「the first confirmed aeronauts(確認された最初の飛行士)」として、10月15日の係留飛行とは別の画期として位置づけている[SRC-00770]。気球はパリの中心部から郊外まで、約5.5マイル(約9キロメートル)を約25分間で飛行したと両出典は記す[SRC-00770][SRC-00771]。ヴェルサイユ宮殿公式サイトは、この飛行が王太子の面前でミュエット城から行われたと記し、ロジエについて「人類で初めて空中に持ち上げられた人物(the first man ever to be borne aloft)」になったと記している(同サイトのこの一文にダルランド侯爵への言及はない)[SRC-00769]。
歴史的背景
モンゴルフィエ兄弟は、紙工場を営むかたわら、紙袋を火にかざすと膨らんで浮き上がる現象を観察し、これを大型化する実験を重ねた[SRC-00770]。1783年6月4日のアノネーでの公開実験の成功の後、兄弟はパリへ、さらにヴェルサイユへと場を移し、より大きな気球の実験を重ねた[SRC-00770]。ヴェルサイユでの動物飛行は、気球に乗ることの安全性を確かめる意味合いを持ち、その成功が人間を乗せる飛行への道を開いたと位置づけられる(本サイトの整理。動物飛行と有人飛行の因果関係そのものを明示的に述べる出典は登録できていない)。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1783年6月4日(グレゴリオ暦) | アノネーで無人の熱気球を公開実験として飛ばす | [SRC-00770][SRC-00771] |
| 1783年9月19日(グレゴリオ暦) | ヴェルサイユで羊・アヒル・雄鶏を乗せた気球飛行を行う | [SRC-00769][SRC-00770][SRC-00771] |
| 1783年10月15日(グレゴリオ暦) | ロジエを乗せた気球が綱につながれたまま上昇する(係留飛行) | [SRC-00770] |
| 1783年11月21日(グレゴリオ暦) | ロジエとダルランド侯爵を乗せた気球が、綱を伴わずパリ上空を飛行する(本記事の主題) | [SRC-00770][SRC-00771] |
| 1783年12月1日(グレゴリオ暦) | ジャック・シャルルが水素気球でパリのテュイルリー庭園から飛行する | [SRC-00770] |
暦の注記: 上表の日付はいずれもグレゴリオ暦(当時のフランスで用いられていた暦)であり、改暦境界に関わる複雑さは生じない。
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)
本記事が扱う1783年11月21日の飛行そのものについて、日付(11月21日)・場所(ミュエット城)・搭乗者2名(ロジエ・ダルランド侯爵)という要素には、登録した4件の出典(フランス国立航空宇宙博物館・ヴェルサイユ宮殿公式サイト・米国連邦委員会・ブリタニカ)の記述に食い違いはなかった。一方、この飛行をどう性格づけるかについては下記論点1のとおり出典間で幅があり、この出来事に近接する周辺的な事実にも以下のような出典間の幅・見解の相違が確認された。
論点1: 「人が最初に空へ上がった」のはいつか。 ヴェルサイユ宮殿公式サイトは、1783年11月21日の飛行についてピラートル・ド・ロジエが「人類で初めて空中に持ち上げられた人物(the first man ever to be borne aloft)」になったと記す[SRC-00769]。これに対し米国連邦委員会の航空史エッセイは、同年10月15日の係留飛行を「その最初の有人搭乗者(its first human passengers)」による上昇と記し、別の箇所でもロジエを「最初に気球で上昇した人物(who had made the first balloon ascent)」と呼んでいる[SRC-00770]。両者は「人が最初に空へ上がったのはいつか」という点で両立しない。また、フランス国立航空宇宙博物館は11月21日の飛行を「人間による最初の飛行(le premier vol d'un être humain)」とのみ記し、「係留を伴わない」という限定を置いていない[SRC-00768]。「係留を伴わない(untethered/free ascent)」という限定を明示するのは、登録した4出典のうち米国連邦委員会とブリタニカの2件のみである[SRC-00770][SRC-00771]。本記事は11月21日の飛行を「気球による・係留を伴わない・有人飛行として初」の範囲に限定して扱っており、この限定を離れた「人が最初に空へ上がった」という一般的な性格づけについては、出典間で割れがあることをここに明示する。
論点2: 10月15日の係留飛行にダルランド侯爵は同乗していたか。 米国連邦委員会の航空史エッセイは、10月15日の係留飛行についてロジエの搭乗を明記したうえで、「ダルランド侯爵もおそらく同乗した(perhaps accompanied by the Marquis d'Arlandes)」としつつ、「この最初の飛行にダルランド侯爵が乗っていたかどうかについては、専門家の見解が分かれる(Authorities differ on whether the marquis went on this first flight)」と明記している[SRC-00770]。これに対し11月21日の自由飛行については、同じ出典を含む複数の出典が両名の搭乗を一致して確認しており、曖昧さはない[SRC-00768][SRC-00770][SRC-00771](ヴェルサイユ宮殿公式サイト[SRC-00769]は11月21日の記述でロジエのみを名指ししており、ダルランド侯爵の搭乗については沈黙している。この沈黙を否定の根拠とはしない)。
論点3: アノネー公開実験(6月4日)の到達高度。 ブリタニカは気球が約3000フィート(1000メートル)まで上昇したと記す[SRC-00771]。米国連邦委員会のエッセイは約2000メートル(6562フィート)と記しており、両者の数値には約2倍の開きがある[SRC-00770]。なお、ブリタニカ自身が記す「3000フィート」と「1000メートル」は、単位換算として厳密には一致しない(1000メートルは実際には約3281フィートに相当する)。本記事はどちらの数値が正しいかを裁定せず、各出典の記載を個別に示すにとどめる。
論点4: 9月19日ヴェルサイユ動物飛行の飛行距離。 ヴェルサイユ宮殿公式サイトは飛行距離を3.5キロメートルと記す[SRC-00769]。米国連邦委員会とブリタニカは、いずれも約2マイル(約3.2キロメートル)と記す[SRC-00770][SRC-00771]。飛行時間(8分)は3出典とも一致する。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 10月15日係留飛行へのダルランド侯爵の同乗 | 同乗した可能性がある | [SRC-00770] | 出典自身が「専門家の見解が分かれる」と明記。確定していない |
| 同上 | 同乗していない、または不明 | [SRC-00770] | 同上。11月21日の自由飛行への同乗は別途確認済み |
| アノネー実験の到達高度 | 約3000フィート(1000メートル) | [SRC-00771] | ブリタニカの記載。出典内の単位換算にも不整合がある |
| 同上 | 約2000メートル(6562フィート) | [SRC-00770] | 米国連邦委員会の記載。両者は個別に示すのみで裁定しない |
| ヴェルサイユ動物飛行の飛行距離 | 約3.5キロメートル | [SRC-00769] | ヴェルサイユ宮殿公式サイトの記載 |
| 同上 | 約3.2キロメートル(2マイル) | [SRC-00770][SRC-00771] | 米国連邦委員会・ブリタニカの記載が一致 |
関連する出来事
- この飛行に先立つ1783年9月19日、モンゴルフィエ気球はヴェルサイユで羊・アヒル・雄鶏を乗せた飛行を行った[SRC-00769][SRC-00770]。
- この飛行の10日後にあたる1783年12月1日、ジャック・シャルルが水素を用いた気球(ラ・シャルリエール号)でパリのテュイルリー庭園から飛行した[SRC-00770]。これはモンゴルフィエ気球(熱気球)とは異なる方式による有人飛行である[SRC-00770]。
関連人物
- ジャン=フランソワ・ピラートル・ド・ロジエ(Jean-François Pilâtre de Rozier): 1783年10月15日の係留飛行、11月21日の自由飛行の双方に搭乗した[SRC-00770]。ヴェルサイユでの動物飛行では着地後の動物の検分にもあたった[SRC-00769]。
- ダルランド侯爵(フランソワ・ローラン)(François Laurent, marquis d'Arlandes): 1783年11月21日の自由飛行にロジエとともに搭乗した[SRC-00768][SRC-00770][SRC-00771]。10月15日の係留飛行への同乗の有無は専門家の間で見解が分かれる[SRC-00770]。
- ジョゼフ=ミシェル・モンゴルフィエ(Joseph-Michel Montgolfier)とジャック=エティエンヌ・モンゴルフィエ(Jacques-Étienne Montgolfier): 紙工場を営む兄弟で[SRC-00770]、熱気球を発明した[SRC-00768][SRC-00770][SRC-00771]。アノネーの公開実験(6月4日)からヴェルサイユでの動物飛行(9月19日)まで、一連の実験を行った[SRC-00770][SRC-00771]。
歴史的意義
1783年11月21日の飛行は、人が地上の拘束を離れて空を移動した最初の記録として位置づけられている[SRC-00770][SRC-00771]。同年10月15日の係留飛行が「その場を離れない上昇」にとどまったのに対し、この日の飛行は地上の綱につながれることなく、実際にある地点から別の地点へ人を運んだ点で、質的に異なる画期として扱われている[SRC-00770]。この10日後には水素気球によるシャルルの飛行も続いており、1783年という1年のうちに、有人飛行の方式(熱気球・水素気球)と態様(係留・自由飛行)の両方で進展があったことがうかがえる(本サイトの整理)[SRC-00770]。
現代の視点
綱につながれた上昇から、綱につながれない自由飛行へ——この5週間余り(10月15日から11月21日までの37日間)の歩みは、新しい技術が段階的な安全確認を経て実用に近づいていく過程の一例として読むこともできる(本サイトの整理。日数は本文記載の両日付からの参照計算であり、この一般化自体を述べる出典はない)。現代の航空機や宇宙機の試験飛行が、地上係留試験や無人試験を経て有人飛行へ進む発想は、1783年の気球開発にもすでに見出すことができる。
出典一覧
- [SRC-00768] Portrait en miniature de Jacques-Étienne et Joseph Montgolfier/Musée de l'Air et de l'Espace(ランクA)
- [SRC-00769] The First Hot Air Balloon Flight/Château de Versailles (Établissement public du château, du musée et du domaine national de Versailles)(ランクA)
- [SRC-00770] Early Balloon Flight in Europe/U.S. Centennial of Flight Commission(ランクA)
- [SRC-00771] Montgolfier brothers/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-05 | あり |
| 2 | 2026-09-05 | あり |
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