ルーズベルトは、戦時下のアメリカで、前例のない大統領4選を果たした
日付と暦
- 原典表記
- 1944年11月7日(グレゴリオ暦)
- 換算
- 1944-11-07(グレゴリオ暦)
- 掲載日
- 11月7日のページ
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概要
1944年11月7日、第二次世界大戦のさなかにあったアメリカ合衆国で大統領選挙の投票が行われた[SRC-00692][SRC-00693][SRC-00702]。現職の民主党大統領フランクリン・ルーズベルトは、共和党候補でニューヨーク州知事のトーマス・デューイを破り、選挙人票432対99で大統領に4選した[SRC-00686][SRC-00689][SRC-00692][SRC-00702]。FDR大統領図書館はこの4選を「前例のない(unprecedented)」ものと記し[SRC-00689]、HISTORY.comは、2期を超えて大統領を務めたのはルーズベルトただ一人だと記している[SRC-00693]。だが、トルーマン大統領図書館によれば、この年7月、上院議員ハリー・トルーマンがルーズベルトの副大統領候補に指名されていた[SRC-00690]。ミラーセンターによれば、この指名は民主党全国大会で、現職副大統領ヘンリー・ウォレスに代わって行われたものだった[SRC-00692]。トルーマン大統領図書館によれば、トルーマンが副大統領に就任してからわずか82日後の1945年4月12日にルーズベルトは死去し、トルーマンが大統領の職を継いだ[SRC-00686][SRC-00690]。
本文
全米第二次世界大戦博物館によれば、連邦議会は1942年、軍人が連邦選挙で投票できることを保証する兵員投票法を成立させたが、投票した軍人は当時の軍人有権者約400万人のうちわずか2万8千人にとどまった[SRC-00691]。1944年4月の改正法では20州が「連邦統一戦時投票用紙(Official Federal War Ballot)」を採用し、この年の選挙ではおよそ340万人分の不在者票が投じられた[SRC-00691]。
共和党は、ニューヨーク州知事トーマス・デューイとジョン・W・ブリッカー(オハイオ州選出)を正副大統領候補に指名した[SRC-00686][SRC-00689]。ミラーセンターに寄稿する歴史家ウィリアム・ロイヒテンバーグによれば、デューイは「疲れた老人(tired old man)」という言葉でルーズベルトの高齢と衰えを攻撃点にした[SRC-00692]。ロイヒテンバーグは、体重の減少とやつれた風貌から、1944年のルーズベルトは多くの観察者の目に疲れた様子と映ったと記す一方、選挙戦終盤の9月下旬から本格的に運動を再開すると、有権者の懸念をおおむね払拭するだけの気力を示したとも記している[SRC-00692]。
11月7日の投票の結果、選挙人票はルーズベルト432・デューイ99(総数531、当選ラインとなる過半数266)となった[SRC-00686][SRC-00688][SRC-00692][SRC-00702]。一般投票の絶対数は、集計した主体によって食い違う。The American Presidency Projectの集計では、得票率はルーズベルト53.4%(25,612,610票)・デューイ45.9%(22,014,160票)である[SRC-00688]。一方、合衆国下院書記官局が1945年に刊行した連邦公式統計は、ルーズベルト25,602,505票・デューイ22,006,278票、総投票数48,025,684票と集計している[SRC-00702]。ロイヒテンバーグは得票率をおよそ54%対46%と記している(数値の精粗は各出典のまま)[SRC-00692]。全米第二次世界大戦博物館は、この得票差を「350万票をわずかに上回る」と記す[SRC-00691]。
歴史的背景
ルーズベルトはこれまでに1932年・1936年・1940年と3度大統領に選出されており、1944年はその4度目の挑戦だった[SRC-00689]。ワシントン以来の慣行として、大統領は2期までしか務めないとされてきたが、FDR大統領図書館は、ルーズベルトのこの前例のない4選が、1951年に大統領の任期を2期までに制限する合衆国憲法修正第22条が批准される契機になったと記す[SRC-00689]。
ロイヒテンバーグによれば、民主党全国大会で本当の駆け引きが起きたのは、副大統領候補の選出だった[SRC-00692]。ロイヒテンバーグはさらに、ルーズベルトが、リベラル色の強い現職副大統領ヘンリー・ウォレスをそのまま起用すれば党内の南部保守派とリベラル派の亀裂が深まりかねないと懸念し、南部や大都市の党組織の支持を得ていたハリー・トルーマン上院議員が、少なくともルーズベルトの黙認のもとで副大統領候補に指名されたと記す[SRC-00692]。トルーマン大統領図書館によれば、この指名は1944年7月のことで、トルーマンは1945年1月20日に副大統領に就任した[SRC-00690]。
タイムライン
| 日付(暦種別を明記) | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 1944年7月(グレゴリオ暦) | トルーマンがルーズベルトの副大統領候補に指名される[SRC-00690]。ミラーセンターによれば、この指名は民主党全国大会で現職副大統領ウォレスに代わって行われた[SRC-00692] | [SRC-00690][SRC-00692] |
| 1944年11月7日(グレゴリオ暦) | 大統領選挙の投票日。ルーズベルトが選挙人票432を得て4選 | [SRC-00686][SRC-00688][SRC-00692][SRC-00693][SRC-00702] |
| 1945年1月20日(グレゴリオ暦) | トルーマン、副大統領に就任(トルーマン大統領図書館の記録による) | [SRC-00690] |
| 1945年4月12日(グレゴリオ暦) | ルーズベルト死去(トルーマン大統領図書館・国立公文書館の記録による)。トルーマンが大統領の職を継ぐ | [SRC-00686][SRC-00690] |
暦の注記: 上表の日付はいずれもグレゴリオ暦であり、20世紀のアメリカ合衆国に暦種別の複雑さ(改暦境界等)は生じない。
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)
選挙人票(ルーズベルト432・デューイ99)、投票日、ルーズベルトの死去と継承の時系列については、本記事で用いた出典のあいだで数値・日付の相違は確認されなかった。一方、一般投票の絶対数は集計した主体によって割れている。学術編纂であるThe American Presidency Projectの集計と、合衆国下院書記官局が選挙の翌年に刊行した連邦公式統計とでは、両候補の得票数も総投票数も一致しない。どちらも信頼できる集計であり、本記事はどちらか一方を採らず、出典を個別に帰属して併記する(合算・平均はしていない)。
| 論点 | 説 | 根拠・出典 | 学界での位置づけ |
|---|---|---|---|
| 一般投票の絶対数 | ルーズベルト25,612,610票(53.4%)・デューイ22,014,160票(45.9%)・総数47,976,670票 | [SRC-00688] | UCSB American Presidency Projectの党派別集計表による数値。現在の研究・報道で広く引用される値 |
| 同上 | ルーズベルト25,602,505票・デューイ22,006,278票・総投票数48,025,684票 | [SRC-00702] | 合衆国下院書記官局が公式資料に基づいて編纂し、1945年に政府印刷局から刊行した連邦公式統計(1945年3月1日現在に修正)。同時代の連邦公式記録である |
| 一般投票の得票率の表記 | 精密値: ルーズベルト53.4%・デューイ45.9% | [SRC-00688] | UCSB American Presidency Projectの党派別集計表による数値 |
| 同上 | 概数: ルーズベルト「約54%」・デューイ「46%」 | [SRC-00692] | ミラーセンター寄稿記事(ロイヒテンバーグ)の概数表記。同一の選挙結果を粗く丸めたものであり、精密値と対立する事実認識ではない |
関連する出来事
- 1942年9月、(先行する)兵員投票法が成立したが、海外派遣兵向けの規定を欠き、投票した軍人はわずか2万8千人にとどまった[SRC-00691]。
- 国立公文書館・トルーマン大統領図書館によれば、1945年4月12日にルーズベルトが死去し、トルーマンが大統領に昇格した[SRC-00686][SRC-00690]。
- 1951年、合衆国憲法修正第22条が批准され、大統領の任期は2期までに制限された[SRC-00689][SRC-00693]。
関連人物
- フランクリン・ルーズベルト(ふらんくりん・るーずべると): 民主党所属。現職大統領としてこの選挙に4選した人物[SRC-00686][SRC-00689]。トルーマン大統領図書館によれば、トルーマンの副大統領就任から82日後の1945年4月12日に死去した[SRC-00686][SRC-00690]。
- トーマス・デューイ(とーます・でゅーい): 共和党候補、ニューヨーク州知事。この選挙でルーズベルトの対立候補となった[SRC-00686][SRC-00689]。
- ハリー・トルーマン(はりー・とるーまん): 民主党副大統領候補。ミラーセンターによれば、現職副大統領ウォレスに代わって指名された[SRC-00692]。トルーマン大統領図書館によれば、1945年1月20日に副大統領に就任し、同年4月12日のルーズベルトの死去に伴い大統領に昇格した[SRC-00690]。
- ジョン・W・ブリッカー(じょん・だぶりゅー・ぶりっかー): 共和党副大統領候補、オハイオ州選出[SRC-00686]。
- ヘンリー・ウォレス(へんりー・うぉーれす): 1941年から1945年1月まで副大統領を務めた。1944年の副大統領候補選出でトルーマンに代わられた[SRC-00689][SRC-00692]。
歴史的意義
(本サイトの整理)ルーズベルトの4選は、アメリカ大統領の任期慣行を実質的に書き換える出来事になったといえる。FDR大統領図書館は、この前例のない4選が1951年の合衆国憲法修正第22条(大統領の任期を2期までに制限)の批准につながったと記す[SRC-00689]。HISTORY.comは、1947年に議会が大統領の任期を2期連続までに制限する法案を提案し、1951年に修正第22条が可決されたと記している[SRC-00693]。
現代の視点
(本サイトの整理)大統領の任期制限をめぐる議論は、現代のアメリカでも折に触れて再燃する。ルーズベルトの4選は、その議論の出発点として繰り返し参照される事例である。なお、現行の連邦法(合衆国法典第3編第21条(1)。2022年の改正後の条文)は、大統領選挙の投票日を「11月の第1月曜日の翌火曜日」と定義している[SRC-00687]。
出典一覧
- [SRC-00686] 1944 Electoral College Results/Office of the Federal Register, National Archives and Records Administration (NARA)(ランクS)
- [SRC-00687] Legal Provisions (About the Electoral College)/Office of the Federal Register, National Archives and Records Administration (NARA)(ランクA)
- [SRC-00688] 1944 | The American Presidency Project/The American Presidency Project, University of California, Santa Barbara(ランクA)
- [SRC-00689] Franklin D. Roosevelt's Presidency/Franklin D. Roosevelt Presidential Library & Museum (National Archives and Records Administration)(ランクA)
- [SRC-00690] Biographical Sketch: Harry S. Truman, 33rd President of the United States/Harry S. Truman Presidential Library & Museum (National Archives and Records Administration)(ランクA)
- [SRC-00691] The Soldier Voting Act and Absentee Ballots in World War II/The National WWII Museum, New Orleans(ランクA)
- [SRC-00692] Franklin D. Roosevelt: Campaigns and Elections/Miller Center, University of Virginia(ランクA)
- [SRC-00693] FDR wins unprecedented fourth term | November 7, 1944/HISTORY (A&E Television Networks)(ランクB)
- [SRC-00702] Statistics of the Presidential and Congressional Election of November 7, 1944/Office of the Clerk, U.S. House of Representatives(合衆国下院書記官局。United States Government Printing Office, Washington: 1945 刊)(ランクS)
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訂正履歴
| 版 | 日付 | 事実主張への変更 |
|---|---|---|
| 1 | 2026-09-04 | — |
| 2 | 2026-09-04 | あり |
| 3 | 2026-09-04 | あり |
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