風圧計が振り切れた朝、室戸台風は日本の観測史上最も低いとされる気圧で上陸した

日付と暦

原典表記
1934年9月21日(昭和9年9月21日)(グレゴリオ暦)
換算
1934-09-21(グレゴリオ暦)
掲載日
9月21日のページ

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概要

午前8時すぎ、大阪府立大阪測候所(1934年当時の正式名称)[SRC-00232]の屋上では、自記風力計が故障し、風圧計のペンが秒速60メートルの目盛りを振り切っていた。観測者が故障を確かめようと屋上へ上がろうとした瞬間、無線電信鉄塔が屋上へ倒れ、観測機器を破壊した[SRC-00229]。その数時間前の午前5時ごろ、室戸台風は高知県安芸郡奈半利町付近(室戸岬の北西24km)に上陸していた[SRC-00229]。上陸時に室戸岬で観測された中心気圧911.6ヘクトパスカル(ミリバール)は、正式な統計が始まる1951年より前の記録のため参考記録扱いだが、日本の台風観測史上最も低い中心気圧とされる[SRC-00226][SRC-00227][SRC-00228]。台風はその後、同日午前8時ごろ大阪・神戸間に再上陸し、ちょうど登校時間を迎えていた大阪の街を暴風と高潮で襲った[SRC-00227][SRC-00229]。

本文

室戸台風は、9月12日から13日にかけてサイパン・グアム・ヤップ島付近の海上に発生した弱い熱帯低気圧を起源とする[SRC-00229]。21日午前5時ごろ高知県奈半利町付近に上陸したのち、徳島市南西・淡路島を経て、午前8時ごろ神戸市深江付近に再上陸した[SRC-00227][SRC-00229]。大阪管区気象台の資料によれば、大阪では午前8時3分ごろ、風圧計が示す瞬間風速が秒速60メートルを突破したが、この時使われていた風圧計は秒速60メートルまでしか記録できない器械で、観測者自身が「それ以上は判明しない」と証言している。8時前後から8時10分ごろにかけて最も風が強かったとみられるが、その間の平均風速の実測はなく、気象台は瞬間風速60メートルの7割とみて秒速42メートル、6割とみて秒速36メートルという平均風速の推定を示しつつ、「これ以上であったことは確実と考えられる」としている。大阪を実際に襲った最大風速は、90年以上たった今も分かっていない[SRC-00227][SRC-00229]。大阪湾では高潮が4メートルを超え、海水は大阪城付近まで進入したという[SRC-00227]。強風は学校・工場・神社仏閣などの大建築を次々と倒し、列車を転覆させた[SRC-00227]。

とりわけ被害が大きかったのは学校である。台風の通過が児童の登校時間と重なった大阪では、教職員・児童、保護者までもが校舎の倒壊に巻き込まれた[SRC-00227]。大阪市内の小学校244校のうち、被災を免れたのは鉄筋コンクリート造、または昭和3年以降の耐震基準で建てられた校舎だけだったとされる[SRC-00227]。大阪管区気象台の資料によれば、大阪府内全体の人的被害は死者1,812人・行方不明76人・負傷者9,008人、合計10,896人に達し、うち学校だけで、死亡は児童生徒676人・職員18人(合わせて694人)、負傷は児童生徒2,469人・職員153人(合わせて2,622人。いずれも内訳からの算出)を数えたという[SRC-00229]。

歴史的背景

大阪市内の小学校244校のうち、この台風で被災を免れたのが鉄筋コンクリート造か昭和3年以降の耐震基準の校舎に限られたという記録は、逆に言えば、それ以外の多くの校舎が当時の耐震基準を満たさない木造建築だったことを示している。台風の通過が登校時間と重なったことで、この構造的な弱さが、児童・教職員の被害という形で一気に露呈した(前掲の記録から導かれる本稿の整理であり、出典が直接この因果を述べるものではない)。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1934年9月12日〜13日(グレゴリオ暦) サイパン・グアム・ヤップ島付近の海上に弱い熱帯低気圧が発生(室戸台風の起源) [SRC-00229]
1934年9月21日午前5時ごろ(グレゴリオ暦) 高知県安芸郡奈半利町付近(室戸岬の北西24km)に上陸。室戸岬で中心気圧911.6hPaを観測 [SRC-00226][SRC-00227][SRC-00228][SRC-00229][SRC-00233]
1934年9月21日午前8時ごろ(グレゴリオ暦) 神戸市深江付近(大阪・神戸の中間)に再上陸。中心気圧は約954hPaとされる [SRC-00227][SRC-00229]
1934年9月21日午前8時3分ごろ(グレゴリオ暦) 大阪で最大瞬間風速が秒速60メートルを突破(風圧計の記録上限であり、実際の値は推定にとどまる)。大阪湾で高潮が発生 [SRC-00227][SRC-00229]
1935年(昭和10年)〜 この台風の経験を踏まえ、気象台が「気象特報」「暴風特報」の個別発表を始めたとされる [SRC-00227]
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)

上陸日時・地点・中心気圧について、登録した出典(SRC-00226〜00231)の範囲では異説は確認されなかった。ただし、これらはいずれも気象台系統の観測記録に遡るものであり、複数の独立した情報源が一致しているわけではない。本記事の是正にあたり、当時の中央気象台技師・藤原咲平(東京帝国大学教授)が室戸台風の翌年(1935年)に土木学会で行った講演の記録に到達した。著者自身は気象台の職員であり、分析対象も気象台の自記記録紙そのものであるため、これも独立した情報源には数えないが、同時代の専門家による分析という点で証拠の質を補う。同記録の要旨は「21日午前5時室戸岬の西に上陸し其の時に気圧は684.0mmに降り」と記す。上陸時刻は登録出典と一致し、上陸地点の表記「室戸岬の西」は、登録出典が示す「室戸岬付近」「奈半利町付近(室戸岬の北西24km)」と同じ振れ幅の範囲にある[SRC-00233]。気圧684.0mm(水銀柱ミリメートル。当時の気圧記録単位)は、1 mmHg=133.322 Paという固定係数で換算すると約911.9ヘクトパスカルとなり、気象庁が保持する911.6ヘクトパスカルという値とほぼ一致する(この換算は本記事によるものであり、藤原の講演自体が「ヘクトパスカル」という単位や「911.6」という数値を示しているわけではない)。

また、調査の過程で、室戸町誌編集委員会が編み室戸町が1962年に刊行した『室戸町誌』を収載する四国災害アーカイブス(一般社団法人四国クリエイト協会が運営し、学識経験者等で構成する検討委員会の指導のもとで作成された、準公的な性格を持つアーカイブ。検討委員会には国土交通省四国地方整備局の担当者も委員として参加している)に、上陸時刻を「午前4時頃」、気圧を「684ミリ」とする記述があることを確認した[SRC-00234]。時刻は登録出典・藤原の記録(いずれも午前5時ごろ)と異なる少数説である。なお「684ミリ」は現代の単位ではなく当時の気圧記録単位(水銀柱ミリメートル)であり、911.6ヘクトパスカルとほぼ一致する数値であって、転記の誤りではない。本記事は多数説(午前5時ごろ)を採用するが、この少数説の存在を隠さず記録する。

出典によって示す気圧の「時点」が異なる点にも注意を要する。室戸岬付近への上陸時に観測された中心気圧911.6ヘクトパスカルと、数時間後に大阪・神戸間へ再上陸した際の中心気圧約954ヘクトパスカルは、同じ台風の異なる時点・異なる地点の値であり、両者を混同すべきではない(本記事では常に「上陸時(室戸岬)」「再上陸時(神戸市付近)」を区別して表記した)。

関連する出来事

関連人物

本記事が伝える出来事は、大阪府立大阪測候所で観測にあたっていた職員や、被災した学校の教職員・児童など、多数の人々による経験に基づいている。しかし、出典において実名が確認できる個人の記述はなく、本記事では個人をEntityとして登録していない。

歴史的意義

この台風をきっかけに、気象台はそれまで一律だった暴風警報の運用を改め、翌年から、暴風発生のおそれがある場合を「気象特報」、重大な災害発生のおそれがある場合を「暴風特報」として個別に発表するようになったとされる[SRC-00227]。学校建築にも変化があったとされる。大阪府が紹介する大阪市城東区の記念碑「鎮魂」の伝承内容は、台風襲来時と登校時が重なったことと木造校舎の倒壊のために多くの子どもが犠牲になったことを受け、「以後大阪市では校舎の全面鉄筋化を進めることとなった」と伝える[SRC-00230]。大阪市内の小学校244校のうち被災を免れたのが鉄筋コンクリート造や耐震基準の校舎に限られたという記録[SRC-00227]は、この転換の背景にある課題を裏付けている。

現代の視点

被害は大阪・兵庫だけにとどまらなかった。近畿地方の内陸にある滋賀県の資料によれば、同日午前8時45分ごろ、山田尋常小学校の校舎が倒壊し、児童17人が死亡したという[SRC-00231]。個々の学校の記録も残っている。大阪市天王寺区の天王寺第一小学校では、被害建物770坪に及ぶ木造校舎が全壊したが、幸いにも児童・教員に犠牲者は出なかった[SRC-00228]。一方、大阪市城東区にあった鯰江第二小学校(現・聖賢小学校)は全壊し、2018年に建立された記念碑「鎮魂」は、児童22名・児童の兄1名・教員1名が犠牲になったと伝えている[SRC-00230]。同じ室戸台風の暴風のなかで、無事だった学校と、多数の犠牲を出した学校があったという事実は、90年以上を経た今も、建物の強さが命を左右することを伝えている(前掲の記録から導かれる本稿の整理であり、出典が直接この総括を述べるものではない)。

出典一覧

  1. [SRC-00226] 気象庁|中心気圧が低い台風(上陸時)/気象庁(ランクA)
  2. [SRC-00227] 災害に学ぶ―明治から現代へ―:13 室戸台風(国立公文書館デジタル展示)/国立公文書館(ランクA)
  3. [SRC-00228] 公文書の世界-5.室戸台風と小学校(国立公文書館デジタル展示)/国立公文書館(ランクA)
  4. [SRC-00229] 大阪府に大きな被害をもたらした過去の気象事例「昭和9年(1934年)室戸台風(9月21日)」/大阪管区気象台(気象庁)(ランクA)
  5. [SRC-00230] 自然災害伝承碑に学ぶ(大阪府)/大阪府(ランクB)(複数の資料を収載)
  6. [SRC-00231] 昭和9年室戸台風水害概要|滋賀県ホームページ/滋賀県(土木交通部流域政策局)(ランクB)
  7. [SRC-00232] 地震観測業務履歴(験震時報第65巻別冊)― 大阪の項(官署来歴)/気象庁(地震火山部)(ランクA)
  8. [SRC-00233] 関西風水害を起したる室戸颱風に就て(講演。昭和10年6月14日土木学会第67回講演会に於て)/土木学会(『土木学会誌』第21巻第8号、昭和10年8月発行)(ランクA)
  9. [SRC-00234] 昭和9年の室戸台風(四国災害アーカイブス)/四国災害アーカイブス(一般社団法人四国クリエイト協会)(ランクB)(複数の資料を収載)

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訂正履歴

日付事実主張への変更
12026-08-28
22026-08-29あり
32026-08-29あり
42026-08-29あり

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