タイムズスクエアで初のニューヨーク・イブ・ボールドロップ——1907年、花火禁止を機に始まった新年の恒例行事

日付と暦

原典表記
1907年12月31日(グレゴリオ暦)
換算
1907-12-31(グレゴリオ暦)
掲載日
12月31日のページ

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概要

1907年12月31日深夜、ニューヨーク・タイムズ社主アドルフ・オックスの手配により、鉄と木で作られたボールがワンタイムズスクエア屋上のフラッグポールから降ろされ、1908年の到来を告げた[SRC-01088][SRC-01092]。これがタイムズスクエアにおける最初のボール降下であり、以後(第二次世界大戦中の1942年・1943年を除き)毎年恒例の行事となっている[SRC-01088][SRC-01091]。ボールを製作したのは、若い移民の金属職人ジェイコブ・スターだったとされる[SRC-01088][SRC-01093]。この演出が生まれた直接の契機は、タイムズスクエアで1904年から行われていた大晦日の花火祝賀が、2年後に市によって禁止されたことだった[SRC-01088][SRC-01091][SRC-01092]。もっとも、「ボールを落として時刻を知らせる」という仕掛け自体は1907年より遥かに古く、英国グリニッジ王立天文台では1833年から毎日ボールが落とされており、タイムズスクエアの演出はこの既存の慣習を採り入れたものである[SRC-01088][SRC-01090][SRC-01091]。

本文

タイムズスクエアという地名は、ニューヨーク・タイムズ社が1904年に新社屋(タイムズタワー、現ワンタイムズスクエア)を構えたことにちなむ[SRC-01088][SRC-01091]。同年、この新社屋の開業を祝う大晦日の祝賀が行われ、20万人超が集まり、建物の屋上から花火が打ち上げられた[SRC-01092]。翌日のニューヨーク・タイムズ紙はこの光景を「基部から頂上まで、建物全体が光に包まれた——新しい年を迎える松明であり、古い年を送る火葬の薪でもあった」と描写したという[SRC-01089][SRC-01092]。

しかし、この花火による演出は長くは続かなかった。2年後の1907年までに、ニューヨーク市は花火の使用を禁止した[SRC-01088][SRC-01091][SRC-01092]。禁止の具体的な理由について、本サイトが確保できた出典のうちブリタニカ百科事典のみが、412フィートの塔が燃えているように見える演出が人々を不安にさせたためだったという同誌自身の見立てを記しており、他の出典は禁止の事実のみを記す[SRC-01092]。花火に代わる新しい演出として、オックスは大きな鉄と木製のボールを用意させ、1907年12月31日の真夜中に、フラッグポールから降ろすことにした[SRC-01088][SRC-01092]。ボールは若い移民の金属職人ジェイコブ・スターが製作し、約100個の電球で飾られ、直径5フィート、重量700ポンドあったとされる[SRC-01088][SRC-01093]。ブリタニカ百科事典によれば、このボールを降ろす作業には6人がかりだったという[SRC-01092]。

真夜中、ボールがポールを滑り降りると、群衆は「1908年万歳」と歓声を上げたと伝えられる[SRC-01089]。ニューヨーク・タイムズ紙は、その夜、群衆が地下鉄駅から溢れ出て、歓声は北方10マイル余り離れたヨンカーズまで届いたと報じたとされる(誇張の可能性があるとも付記されている)[SRC-01089]。

歴史的背景

「ボールを落として時刻を知らせる」という仕組み自体は、タイムズスクエアの大晦日行事より遥かに古い。英国グリニッジ王立天文台の屋上には1833年に「タイムボール」が設置され、テムズ川を航行する船舶が正確に時刻を合わせられるよう、毎日決まった時刻にボールが落とされてきた[SRC-01090]。この成功を受け、世界各地に同様のタイムボールが約150基設置されたとされる[SRC-01088]。ニューヨーク市内でも、ロウアー・ブロードウェイのウェスタン・ユニオン社ビルが毎日正午にボールを落とし、街の人々や港内の船舶がこれで時刻を合わせていた[SRC-01091]。ニューヨーク公共図書館の解説は、こうした背景から「1907年当時、ボール降下と時報の結び付きはありふれたものだった」と位置づけ、タイムズ社はこの既存の慣習を採り入れたと説明する[SRC-01091]。ブリタニカ百科事典は、オックスがタイムズ社の主任電気技師ウォルター・パーマーに、花火より燃えにくく祝祭的な演出の考案を依頼したこと、パーマーは「おそらく」ウェスタン・ユニオン電信ビルの毎日正午のボール降下から着想を得ただろうと記しているが、この着想の由来自体は同誌が明示的に留保をつけた推測であり、パーマーへの帰属を記す出典は他にない(Smithsonian Magazineの一記事はウェスタン・ユニオン社ビルからの着想をオックス自身の可能性として記すが、パーマーへの言及はない[SRC-01089])[SRC-01092]。

タイムライン

日付(暦種別を明記) 出来事 出典
1833年(グレゴリオ暦) 英国グリニッジ王立天文台に「タイムボール」が設置され、毎日の時報として使用が始まる [SRC-01090]
1904年(グレゴリオ暦) ニューヨーク・タイムズ社が新社屋(タイムズタワー)をタイムズスクエアに開業。花火による大晦日祝賀が始まる [SRC-01088][SRC-01091][SRC-01092]
1907年(グレゴリオ暦) 市が花火の使用を禁止 [SRC-01088][SRC-01091][SRC-01092]
1907年12月31日(グレゴリオ暦) タイムズスクエアで最初のボールドロップが行われ、1908年の到来を告げる [SRC-01088][SRC-01089][SRC-01091][SRC-01092]
1942年・1943年(グレゴリオ暦) 戦時中の灯火管制のためボール降下が中止される [SRC-01088][SRC-01091]
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)

電球のワット数: 初代ボールを飾った電球の個数(約100個)は登録出典間で一致するが、そのワット数について、Times Square Alliance・Smithsonian Magazine・ブリタニカ百科事典は「25ワット」と記す一方[SRC-01088][SRC-01092][SRC-01093]、ニューヨーク公共図書館の解説は「20ワット」と記しており、数値が一致しない[SRC-01091]。本サイトが確認した出典の範囲では、いずれがより正確かを判断する根拠はなく、本サイトは両方の数値を示す。

1907年の製作主体(ジェイコブ・スター個人か、Artkraft Strauss社か): Times Square Alliance自身の記述は、初代ボールを「若い移民の金属職人ジェイコブ・スター」が製作したとし、彼が設立した会社(Artkraft Strauss)が1907年のその場面から20世紀の大半にわたりボールの降下作業を担当したと記しており、製作(スター個人)と降下作業(Artkraft Strauss社)という役割の違いとして書き分けている[SRC-01088]。同じ趣旨の記述はSmithsonian Magazineの別記事(Megan Gambino, 2008年)にも見られ、ここでも1907年の製作を「his invention」としてスター個人に帰属させている[SRC-01093]。一方、Smithsonian Magazineの2024年の記事(Eli Wizevich)は「1907年、オックスは看板製作会社Artkraft Straussを雇い、ボールを製作させた」と記しており、製作そのものをArtkraft Strauss社に帰属させている[SRC-01089]。同一媒体内でも記述が食い違っており、本サイトはTimes Square Alliance自身の沿革と、同じSmithsonian Magazine内の別記事(Gambino)に基づき、1907年時点の製作者をスター個人とした。

「初の」の射程: Times Square Alliance自身は、1907年のボールドロップを「タイムズスクエアでのボールの最初の降下(maiden descent)」と位置づけており、世界初のボール降下とは述べていない[SRC-01088]。本サイトが確認した出典の範囲では、ボール降下による時報という仕組み自体は、1833年の英国グリニッジ王立天文台のタイムボールや、ニューヨーク市内のウェスタン・ユニオン社ビルの日次のボール降下など、1907年より前から存在していた[SRC-01088][SRC-01090][SRC-01091]。本サイトが確認した出典の範囲では、この「タイムズスクエアでの最初のボール降下」という優先権に対抗する主張(同地区内での先行事例等)は確認されていない。

花火禁止の理由: 花火が禁止された事実は複数の出典が一致して記すが、その具体的な理由を記すのは本サイトが確保できた出典のうちブリタニカ百科事典のみであり、単独系統である[SRC-01092]。他の出典(Times Square Alliance・ニューヨーク公共図書館・Smithsonian Magazine)は禁止の事実のみを記し、理由には触れていない。

論点 根拠・出典 学界での位置づけ
初代ボールの電球のワット数 25ワット Times Square Alliance・Smithsonian Magazine・ブリタニカ百科事典 [SRC-01088][SRC-01092][SRC-01093]
(同上) 20ワット ニューヨーク公共図書館 [SRC-01091]
1907年のボール製作主体 ジェイコブ・スター個人 Times Square Alliance・Smithsonian Magazine(Gambino, 2008) [SRC-01088][SRC-01093]
(同上) Artkraft Strauss社(オックスが雇った) Smithsonian Magazine(Wizevich, 2024) [SRC-01089]

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

タイムズスクエアのボールドロップは、1907年以降、戦時中の2年間を除いて毎年続けられ、現在は世界で推定10億人超が視聴する年越しの象徴的行事になっているとされる[SRC-01088][SRC-01091]。当初は花火という手段を市に禁じられたことへの、いわば急場しのぎの代案だったが、その後100年以上にわたり形を変えながら継続し、ニューヨークの大晦日を象徴する年中行事として定着した[SRC-01088]。

現代の視点

現在のボールは、初代の鉄と木製・電球約100個・重量700ポンドという姿から大きく様変わりし、クリスタルとLEDを用いた、はるかに大型で高性能なものになっている[SRC-01088]。それでも、真夜中にボールが降りきる瞬間に新年を迎えるという基本の型そのものは、1907年から変わっていない[SRC-01088][SRC-01091]。この「ボールが落ちる瞬間」という演出は、タイムズスクエアが発明したものではなく、19世紀の航海用タイムボールという実用的な時報の仕組みを、都市の祝祭へと転用したものである点は、現代の視点からあらためて振り返る価値がある[SRC-01090][SRC-01091]。

出典一覧

  1. [SRC-01088] History of New Year's Eve & the Times Square Ball/Times Square Alliance(ランクB)
  2. [SRC-01089] The First Ever Times Square Ball Drop Was Held Atop the New York Times Headquarters in 1907, Starting a Cherished Tradition/Smithsonian Magazine(ランクB)
  3. [SRC-01090] The Greenwich Time Ball and one time for all/Royal Museums Greenwich(ランクA)
  4. [SRC-01091] Telling Time on New Year's Eve: Why the First Ball Was Dropped in Times Square/The New York Public Library(ランクA)
  5. [SRC-01092] Today in History—December 31: The Ball That Started It All/Encyclopaedia Britannica(ランクB)
  6. [SRC-01093] From Edison's Light Bulb to the Ball in Times Square/Smithsonian Magazine(ランクB)

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訂正履歴

日付事実主張への変更
12026-09-07あり
22026-09-07あり

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