ローサが引き渡し文書に署名すると、下部ルイジアナはフランスから米国のものになった

日付と暦

原典表記
1803年12月20日(グレゴリオ暦)
換算
1803-12-20(グレゴリオ暦)
掲載日
12月20日のページ

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概要

1803年4月30日、パリでルイジアナ買収条約が署名され、同年10月20日に米国上院が24対7の賛成多数でこれを批准した[SRC-01000][SRC-01002][SRC-01003]。その後、同年11月30日にはニューオーリンズのカビルド内サラ・カピトゥラールで、スペインからフランスへのルイジアナの引き渡しが行われた[SRC-01004][SRC-01006]。そのわずか20日後の12月20日、同じ部屋で[SRC-01006]、フランスの植民地行政官(プレフェ)ピエール・クレマン・ド・ローサが、米国代表として派遣されたウィリアム・C・C・クレイボーンおよびジェイムズ・ウィルキンソンとともに引き渡し文書に署名し、下部ルイジアナは正式に米国のものとなった[SRC-01000][SRC-01003][SRC-01004][SRC-01006]。この買収は代金総額1500万ドル・面積約82.8万平方マイルとされ、米国の国土を倍増させたと評される[SRC-01000]。もっとも、この土地には先住民族が古くから暮らしており、買収の完了によって米国政府は先住民族の共同体と直接その土地について交渉できる立場になったこと、そしてこれがミシシッピ川以西の先住民族にとって100年に及ぶ土地喪失の始まりだったことを、国立公園局の解説記事は指摘している[SRC-01005]。

本文

1803年12月20日火曜、ニューオーリンズのカビルド(スペイン・フランス双方が政庁として用いた建物)で、ルイジアナ準州はフランスから米国へ正式に引き渡された[SRC-01004]。会場となったのは、カビルド内のサラ・カピトゥラールだった[SRC-01006]。この部屋は、ルイジアナの人々にとって公式儀式のための最も格式高い会場の一つとされ、実際にこの植民地の最終的な引き渡しは両方ともこの部屋で行われた[SRC-01006]。

トマス・ジェファソン大統領は、ミシシッピ準州知事のウィリアム・C・C・クレイボーンと、米陸軍将官ジェイムズ・ウィルキンソンを、ルイジアナを正式に受領する使節に任命した[SRC-01001][SRC-01004]。買収後・引き渡し前の1803年9月、クレイボーンは新たに獲得した準州の住民に対し、「合衆国政府の庇護のもとで、あなた方は自由と財産、そして自らが選んだ信仰の安全を確信してよい」と権利保護の継続を約束する声明をすでに発していた[SRC-01004]。12月20日、クレイボーンとウィルキンソンはサラ・カピトゥラールでローサとともに引き渡し文書に署名し、下部ルイジアナを正式に米国へ移管した[SRC-01003][SRC-01004][SRC-01006]。この移管は国務長官ジェイムズ・マディソン宛の書簡で告知された[SRC-01003]。同日、クレイボーンは英語・フランス語・スペイン語の三言語で作成した布告により[SRC-01001]、ルイジアナ住民に対し、今後は米国への忠誠を負うこと、権利は合衆国憲法により保護されることをあらためて告げた[SRC-01001][SRC-01004]。

この引き渡しに先立つ11月30日、同じサラ・カピトゥラールで、スペイン代表の総督マヌエル・デ・サルセドおよびカサ・カルボ侯爵が、フランス代表の行政官ローサへルイジアナを正式に引き渡していた[SRC-01006]。ローサは翌日中にこれを米国へ引き渡すよう指示されていたが、実際には両引き渡しの間に20日の間隔が生じ、その間ローサはルイジアナの統治者として新たな町議会を創設した[SRC-01006]。国立公園局の解説記事は、スペインが売却に不満を持ちながらも軍事力でこれを阻止できず、11月30日にルイジアナを正式にフランスへ返還した結果、フランスがこの20日間、同地域を公式に領有したと記している[SRC-01004]。

米国がルイジアナ準州全体を正式に占有したのはこの3か月後のことで、ミシシッピ川を遡る冬季の移動困難のため、セントルイスを中心とする上部ルイジアナの引き渡しは1804年3月初旬まで持ち越された[SRC-01004][SRC-01006]。翌1804年1月16日、ジェファソン大統領は議会宛のメッセージで12月20日付のクレイボーン布告に言及し、「西部市民の当面の利益にとってこれほど好都合な、この重要な獲得」について議会を祝した[SRC-01003][SRC-01007]。

歴史的背景

フランスは1762年のフォンテーヌブロー条約でルイジアナをスペインに割譲していたが、1800年の秘密のサン・イルデフォンソ条約と1801年のアランフエス協約により、これを再び取り戻した[SRC-01000]。ナポレオンは北米に西インド諸島の植民地を支える新たな帝国を築く構想を描いていたが、フランス植民地サン=ドマング(現ハイチ)での奴隷反乱の鎮圧に失敗し、この構想は瓦解した[SRC-01000][SRC-01006]。

米国側の当初の目的は、ミシシッピ川交易の要衝であるニューオーリンズ港の買収にとどまっていた[SRC-01000]。スペインが1795年のサン・ロレンソ条約で認めていたニューオーリンズでの積み替え権を1802年に相次いで拒んだことで、西部の米国人の間で武力によるニューオーリンズ奪取論が高まっていた[SRC-01000]。ジェファソンはこの事態を収めるためジェイムズ・モンローを特使としてパリへ派遣し、ロバート・リヴィングストンとともに、ニューオーリンズが位置するオーリンズ島および「フロリダ諸地方」の買収交渉に当たらせた[SRC-01000]。1803年4月11日、モンロー到着の前日、フランス外相タレーランはリヴィングストンに対し、ニューオーリンズだけでなくルイジアナ全域の売却を持ちかけて交渉担当者を驚かせ、財務相バルベ=マルボワとの交渉を経て、同月30日の条約署名に至った[SRC-01000]。

タイムライン

日付(グレゴリオ暦) 出来事 出典
1803-04-30 ルイジアナ買収条約がパリで署名される [SRC-01000][SRC-01002]
1803-10-20 米国上院が条約を24対7で批准 [SRC-01000][SRC-01003]
1803-10-21 批准書が米仏間で交換される [SRC-01000]
1803-11-03 米議会が大統領へルイジアナの占有取得を授権する法律の可決を完了(両院、11月3日までに) [SRC-01000]
1803-11-30 ニューオーリンズのサラ・カピトゥラールで、スペインからフランスへルイジアナが引き渡される [SRC-01004][SRC-01006]
1803-12-20 同じ部屋で、フランスから米国へルイジアナが正式に引き渡される [SRC-01000][SRC-01003][SRC-01004][SRC-01006]
1804-01-16 ジェファソン大統領が議会へ引き渡し完了を報告 [SRC-01003][SRC-01007]
1804年3月初旬(推定) セントルイスで上部ルイジアナの引き渡しが行われる [SRC-01004][SRC-01006]
異説・論争 — 定説のない論点があります(開く)
論点 根拠・出典 学界での位置づけ
買収の歴史的評価 米国の国土を倍増させ西方拡大への道を開いた画期的な取引であり、「史上最大級の不動産取引」と評価する立場 米国立公文書館は「1エーカー当たり4セントに相当する取引」「米国の国土は倍増した」と記す[SRC-01000]。議会図書館も「史上最大級の不動産取引」「国土は倍増した」と記す[SRC-01002] 米国立公文書館・議会図書館いずれも公式資料としてこの評価枠組みで買収を紹介している
(同上) この土地には先住民族が古くから暮らしており、欧州列強の権利主張は先住民族の権利を「原住民権原」へ縮小する「発見の教理」に基づいていたとし、買収の完了はミシシッピ川以西の先住民族にとって100年に及ぶ土地喪失の始まりだったとする、国立公園局の解説記事による整理 国立公園局の解説記事は、欧州列強の権利主張が先住民族の土地への権利を縮小する「発見の教理」に基づいていたこと、買収の完了により米国政府が先住民族と直接交渉できるようになったこと、そしてミシシッピ川以西の先住民族にとって買収が「100年に及ぶ土地喪失・強制移住・伝統的生活様式への脅威の始まり」だったことを記す[SRC-01005] 本サイトが調査した範囲では、この視点を直接記す公的機関の解説は国立公園局の当該記事のみであり、学界内での位置づけの広がりまでは今回の調査範囲に含めていない。本サイトはいずれの評価が正しいかを判定せず、両者を個別に帰属して併記する
クレイボーンの当時の官職 1803年12月20日時点で現職のミシシッピ準州知事だったとする説 米国立公文書館は「the Governor of the Mississippi Territory William C.C. Claiborne」と記す[SRC-01001]。国立公園局も「governor of the Mississippi Territory」と記す(同記事は「前下院議員」と併記する)[SRC-01004] 出典間で記述が割れている論点であり、本サイトはこの2出典に従い本文の表記を統一する
(同上) 前ミシシッピ準州知事だったとする説 ルイジアナ州立博物館は「former governor of the Mississippi territory」と記す[SRC-01006] 本サイトは同館の表記が誤りと判定するに至る一次資料には到達できなかった。両説を個別に帰属して併記し、いずれが正しいかを判定しない(調査範囲: 上記出典の記載内容の確認にとどまる)
買収地の面積 約82.8万平方マイルとする説 米国立公文書館は「828,000 square miles」と記す[SRC-01000]。フランスが権利主張していたミシシッピ川以西の範囲という限定は付されていない 米国立公文書館(NARA)単独の記述であり、他の登録出典(議会図書館・国立公園局)に同じ数値の記載はない
(同上) 818,000平方マイルとする説 国立公園局の先住民族視点の解説記事は、フランスが権利主張していたミシシッピ川以西の範囲について「818,000-square-miles」と記す[SRC-01005] 本調査では数値の相違の原因(対象範囲の違いか誤記か)を特定する一次資料に到達できなかった。本サイトは両説を個別に帰属して併記し、いずれが正しいかを判定しない(調査範囲: 上記出典の記載内容の確認にとどまる)

関連する出来事

関連人物

歴史的意義

この引き渡しにより、米国の国土は倍増したと評され、代金総額1500万ドル・面積約82.8万平方マイルの買収は「史上最大級の不動産取引」として記憶されている[SRC-01000]。この買収の完了は、ミシシッピ川流域の交易路の確保という当初の目的を超えて、ルイス・クラーク探検隊の派遣を含む米国の西方拡大の起点になったとされる[SRC-01000][SRC-01005]。

もっとも、この土地は「無人」ではなく、古くから先住民族が暮らしていた[SRC-01005]。国立公園局の解説記事は、買収の完了によって米国政府が先住民族の共同体と直接その土地について交渉できるようになったこと、そしてジェファソンがルイス・クラーク探検隊に先住民族の「領有の広がりと限界」の把握を課していたことを記し、その情報を得たうえで米国が条約または実力によってこれらの土地を取得しうる立場になったと指摘する[SRC-01005]。同記事は、ミシシッピ川以西の先住民族にとってこの買収が「100年に及ぶ土地喪失・強制移住・伝統的生活様式への脅威の始まり」だったとも記している[SRC-01005]。本サイトは、買収の歴史的意義についてこの両方の評価――国土倍増という伝統的な評価と、先住民族にとって100年に及ぶ土地喪失の始まりだったとする近年の批判的整理――のいずれか一方のみを正しいものとして扱わず、個別に帰属して併記する(上記「異説・論争」参照)。

現代の視点

「史上最大級の不動産取引」というルイジアナ買収の呼び名は、米国の国立公文書館や議会図書館の公式資料でも用いられており、今日まで広く定着している[SRC-01000][SRC-01002]。一方で、国立公園局の解説シリーズは、この買収がミシシッピ川以西の先住民族にとって100年に及ぶ土地喪失の始まりだったという視点から整理している[SRC-01005]。本稿の射程はあくまで1803年の買収・引き渡しという18世紀末から19世紀初頭の事件史と、その歴史学的な評価の併存を紹介することに限られ、現代の政治的な補償論争や訴訟には立ち入らない(本サイトの整理)。

出典一覧

  1. [SRC-01000] Jefferson Buys Louisiana Territory, and the Nation Moves Westward/National Archives (Prologue Magazine, Spring 2003, Vol. 35, No. 1)(ランクA)
  2. [SRC-01001] Governor William Charles Cole Claiborne's Address to the Citizens of Louisiana, December 20, 1803/National Archives, The Center for Legislative Archives(Featured Congressional Documents: Louisiana Statehood, 1812)(ランクS)
  3. [SRC-01002] Introduction — Louisiana Purchase: Primary Documents in American History/Library of Congress(Research Guides, History, Humanities & Social Sciences部門)(ランクA)
  4. [SRC-01003] 1803–1804 (8th Congress, 1st Session) — Louisiana Purchase: A Legislative Timeline/Library of Congress(Research Guides, Louisiana Purchase: A Legislative Timeline)(ランクA)
  5. [SRC-01004] Louisiana Territory Officially Transferred/U.S. National Park Service(Lewis & Clark National Historic Trail)(ランクA)
  6. [SRC-01005] Lewis and Clark Enter into Louisiana Purchase/U.S. National Park Service(Lewis & Clark National Historic Trail、『Pivotal Places』解説シリーズ)(ランクA)
  7. [SRC-01006] Louisiana History — The Louisiana Purchase/Louisiana State Museum(オンライン展示『A Medley of Cultures: Louisiana History, 1699–1877』)(ランクA)
  8. [SRC-01007] President Thomas Jefferson's message to Congress regarding the Louisiana Purchase, January 16, 1804/National Archives, The Center for Legislative Archives(Featured Congressional Documents: Louisiana Statehood, 1812)(ランクS)

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訂正履歴

日付事実主張への変更
12026-09-06
22026-09-07あり
32026-09-07あり

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