国連憲章が発効し、国際連合が正式に発足した — 検証記録

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最終検証日
2026-09-03
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2
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9e7f5b2
検証者
執筆と別系統のAI

この記事は、執筆したのとは別系統のAIが、本文の主張を1件ずつ出典と突き合わせて検証しています。判定は上の「検証時点」のコミットにおける本文に対するものです。

中核となる主張と、その根拠

記事の骨格をなす主張について、確からしさの程度と、それを支える資料を示します。

1945年10月24日、国連憲章第110条が定める批准書の寄託(中華民国・フランス・ソヴィエト社会主義共和国連邦・グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国・アメリカ合衆国及びその他の署名国の過半数)がそろい、憲章が発効して国際連合が正式に発足した

確からしさ: 確実

  • 国連条約集(UNTC・国連憲章の寄託者)の公式ステータス表に「Entry into force : 24 October 1945, in accordance with article 110.」と記録されている — Charter of the United Nations — Depositary Status(United Nations Treaty Collection, Chapter I.1)(後世の編纂記録)
  • un.org「History of the United Nations」は、サンフランシスコ会議終了4か月後の1945年10月24日、中国・フランス・ソ連・英国・米国および他の署名国の過半数による憲章批准を経て国際連合が正式に発足した(officially began, came into existence)と記す — History of the United Nations(公的機関の解説)
  • コトバンク収載11資料のうち、発足日の日次を記す7資料(デジタル大辞泉・共同通信ニュース用語解説・改訂新版世界大百科事典・日本大百科全書・百科事典マイペディア・ブリタニカ国際大百科事典・山川 世界史小辞典)がいずれも1945年10月24日を国際連合の発足・創設・設立の日として記す(改訂新版世界大百科事典は『10月24日,所定の手続を経て発効し,ここに国連は正式に発足したのである』と明記)。残る4資料(精選版日本国語大辞典・旺文社世界史事典・山川 日本史小辞典・旺文社日本史事典)は『1945年』または『10月』までしか記さず、日次に言及しない — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 国連憲章第110条は、第2項で『批准書は、アメリカ合衆国政府に寄託される。』と定め、第3項で『この憲章は、中華民国、フランス、ソヴィエト社会主義共和国連邦、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国、アメリカ合衆国及びその他の署名国の過半数が批准書を寄託した時に効力を生ずる。』と定める(第4項は『この憲章の署名国で憲章が効力を生じた後に批准するものは、各自の批准書の寄託の日に国際連合の原加盟国となる。』) — 国連憲章テキスト(国際連合憲章 全文・日本語)(後世の編纂記録)
  • 国連広報センターの国連憲章テキストの序は『国際連合憲章は、国際機構に関する連合国会議の最終日の、1945年6月26日にサン・フランシスコ市において調印され、1945年10月24日に発効した。』と記す — 国連憲章テキスト(国際連合憲章 全文・日本語)(後世の編纂記録)

国連憲章はサンフランシスコ会議において1945年6月26日に署名された

確からしさ: 確実

  • un.org「History of the United Nations」は、1945年4月25日から6月26日までサンフランシスコで会議が開かれ、その中で国連憲章の起草・署名(draft and then sign)が行われたと記す — History of the United Nations(公的機関の解説)
  • 改訂新版世界大百科事典は『50ヵ国の参加を得て憲章の起草を行ったサンフランシスコ会議は,2ヵ月にわたる審議ののち,6月25日に国連憲章を採択し,翌日署名を行った』と記し、採択(6/25)と署名(6/26)を明確に書き分ける — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 国連条約集(UNTC)は憲章の署名地・署名日を『San Francisco, 26 June 1945』と記録する — Charter of the United Nations — Depositary Status(United Nations Treaty Collection, Chapter I.1)(後世の編纂記録)
  • 国連広報センターの国連憲章テキストの序は『国際連合憲章は、国際機構に関する連合国会議の最終日の、1945年6月26日にサン・フランシスコ市において調印され、1945年10月24日に発効した。』と記す — 国連憲章テキスト(国際連合憲章 全文・日本語)(後世の編纂記録)
  • 日本大百科全書(ニッポニカ・斎藤鎮男・黒神直純)は『この草案は同年6月26日、参加国全部の50か国によって署名され、10月24日、所定の批准数を満たしたので、国際連合が正式に発足することとなった。』『毎年10月24日は「国連の日」(国連デー)として記念され』『ポーランドは、国連発足時に新政府が成立していなかったので会議に出席できなかったが、のちに原加盟国に加えられ、全部で51か国となった。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)

国連憲章第110条は、憲章が中華民国・フランス・ソヴィエト社会主義共和国連邦・グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国・アメリカ合衆国及びその他の署名国の過半数が批准書を寄託した時に効力を生ずると定めていた

確からしさ: 確実

  • 国連条約集(UNTC)は『Entry into force : 24 October 1945, in accordance with article 110.』と記録し、発効の法的根拠が憲章第110条であることを明示する — Charter of the United Nations — Depositary Status(United Nations Treaty Collection, Chapter I.1)(後世の編纂記録)
  • 国連憲章第110条は、第2項で『批准書は、アメリカ合衆国政府に寄託される。』と定め、第3項で『この憲章は、中華民国、フランス、ソヴィエト社会主義共和国連邦、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国、アメリカ合衆国及びその他の署名国の過半数が批准書を寄託した時に効力を生ずる。』と定める(第4項は『この憲章の署名国で憲章が効力を生じた後に批准するものは、各自の批准書の寄託の日に国際連合の原加盟国となる。』) — 国連憲章テキスト(国際連合憲章 全文・日本語)(後世の編纂記録)

国際連合の原加盟国は51か国だった

確からしさ: 確実

  • un.org「Growth in United Nations membership」は1945年時点の原加盟国を『Original 51 Members (1945)』として51か国分を列挙する(ポーランド・チェコスロバキア・ビエロルシア・ウクライナを含む) — Growth in United Nations membership(公的機関の解説)
  • 百科事典マイペディア(平凡社)は『加盟国のうち,国連発足時に憲章に署名し,批准をすませていた51ヵ国を原加盟国といい,これは第2次大戦中の連合国に限られていた。』と原加盟国を定義したうえで、51か国を全件列挙する(アルゼンチン〜ユーゴスラビア) — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 日本大百科全書(ニッポニカ・斎藤鎮男・黒神直純)は『この草案は同年6月26日、参加国全部の50か国によって署名され、10月24日、所定の批准数を満たしたので、国際連合が正式に発足することとなった。』『毎年10月24日は「国連の日」(国連デー)として記念され』『ポーランドは、国連発足時に新政府が成立していなかったので会議に出席できなかったが、のちに原加盟国に加えられ、全部で51か国となった。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 山川 世界史小辞典 改訂新版(山川出版社)は『国連憲章制定のサンフランシスコ会議が開催され(45年4~6月),1945年6月26日に国連憲章を採択,同憲章が10月24日に発効し,原加盟国51カ国で発足した。』『日本は1956年12月18日加盟。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 旺文社世界史事典 三訂版は『1945年10月に憲章が採択され,翌年1月にロンドンで第1回総会が開かれた。』『原加盟国は51か国であったが』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 山川 日本史小辞典 改訂新版(山川出版社)は『同年サンフランシスコ会議に連合国50カ国が参加し,国際連合憲章を採択。同年10月憲章が発効して発足。』『原加盟国は連合国51カ国で,中立国・枢軸国は除かれた。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)

国連憲章の起草にあたったサンフランシスコ会議には50か国の代表が参加した

確からしさ: 確実

  • un.org「History of the United Nations」は『Representatives of 50 countries gathered at the United Nations Conference on International Organization in San Francisco...』と記す — History of the United Nations(公的機関の解説)
  • un.org「United Nations Day」は『In 1945, representatives of 50 countries met in San Francisco at the United Nations Conference on International Organization to draw up the United Nations Charter.』と記す — United Nations Day(公的機関の解説)
  • 改訂新版世界大百科事典は『50ヵ国の参加を得て憲章の起草を行ったサンフランシスコ会議は』と記し、招請国46か国+会議途中で参加が認められた4か国(ウクライナ・白ロシア・アルゼンチン・デンマーク)の内訳も記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)

ポーランドは1945年10月15日に国連憲章に署名し、原加盟国51か国の1つに数えられた

確からしさ: 有力

  • 国連条約集(UNTC)脚注3は『All States listed herein signed the Charter on 26 June 1945, with the exception of Poland on behalf of which it was signed on 15 October 1945.』と記し、表のPoland行はRatificationを『24 Oct 1945』と記録する — Charter of the United Nations — Depositary Status(United Nations Treaty Collection, Chapter I.1)(後世の編纂記録)
  • 日本大百科全書(ニッポニカ・斎藤鎮男・黒神直純)は『この草案は同年6月26日、参加国全部の50か国によって署名され、10月24日、所定の批准数を満たしたので、国際連合が正式に発足することとなった。』『毎年10月24日は「国連の日」(国連デー)として記念され』『ポーランドは、国連発足時に新政府が成立していなかったので会議に出席できなかったが、のちに原加盟国に加えられ、全部で51か国となった。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)

日本は1956年12月18日、国連総会の承認により80番目の加盟国として国連に加盟した

確からしさ: 確実

  • 国連広報センター「国連と日本」年表は『1956年 日本、国連加盟』とし、脚注1で『(前略)同年12月12日に安保理は全会一致で加盟を勧告し、同月18日、国連総会が全会一致で承認した。日本は80番目の国連加盟国となり』と記す(引用の直前には従属節『その後、1945年10月の日ソ国交正常化を経て、』がある — 引用開始位置を明示するため(前略)を付した)。2016年の項にも『12月18日、日本の国連加盟60周年』とある — 「国連と日本」年表(国連広報センター・日本の国連加盟60周年)(公的機関の解説)
  • デジタル大辞泉は『日本は1956年(昭和31)に加盟』、精選版日本国語大辞典は『日本は昭和三一年(一九五六)に加盟』と記す(いずれも年のみ)。同一ページの改訂新版世界大百科事典は『1955年に東西間の妥協の結果16ヵ国の一括加盟が実現し,日本もその翌年の12月18日に加盟が正式に認められた』と日次まで記す。同事典は別節(日本と国連)でも『日本は,1956年12月18日に国連の80番目の加盟国となった。』と、日次と順位の両方を1文で明記する — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 山川 世界史小辞典 改訂新版(山川出版社)は『国連憲章制定のサンフランシスコ会議が開催され(45年4~6月),1945年6月26日に国連憲章を採択,同憲章が10月24日に発効し,原加盟国51カ国で発足した。』『日本は1956年12月18日加盟。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 旺文社日本史事典 三訂版は『日本は,日ソ国交回復が成立した'56(昭和31)年に80番目の国として加盟した。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)

改訂新版世界大百科事典は、国連憲章がサンフランシスコ会議で1945年6月25日に採択されたと記す。ただし採択の日付は資料により割れており、同一ページ収載の山川 世界史小辞典 改訂新版は6月26日、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典は「同年6月」、旺文社世界史事典 三訂版は「1945年10月」とする

確からしさ: 有力

  • 改訂新版世界大百科事典は『50ヵ国の参加を得て憲章の起草を行ったサンフランシスコ会議は,2ヵ月にわたる審議ののち,6月25日に国連憲章を採択し,翌日署名を行った』と記し、採択(6/25)と署名(6/26)を明確に書き分ける — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 山川 世界史小辞典 改訂新版(山川出版社)は『国連憲章制定のサンフランシスコ会議が開催され(45年4~6月),1945年6月26日に国連憲章を採択,同憲章が10月24日に発効し,原加盟国51カ国で発足した。』『日本は1956年12月18日加盟。』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典は『2ヵ月後にサンフランシスコで開かれた「国際機構に関する連合国会議」は,この 3人が補足した提案を基礎として国連憲章を起草した。国連憲章は同年 6月に採択され,10月に発効した。』と記し、採択を『6月』までしか特定しない — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)
  • 旺文社世界史事典 三訂版は『1945年10月に憲章が採択され,翌年1月にロンドンで第1回総会が開かれた。』『原加盟国は51か国であったが』と記す — 国際連合(コトバンク収載)(事典・概説)

そのほかの記述の検証

中核以外の記述についても、112 件を出典と突き合わせ、110 件で一致を確認しました。また記事全体で 3 件は資料の間で記述が分かれるため、記事の異説欄に併記しています。

訂正の履歴

日付事実主張への変更再fact-check
12026-09-03
22026-09-04あり

訂正の方針は訂正ポリシーに、検証の進め方はこの記事ができるまでに記載しています。